February 14th, 2020

1度から9度!晴れ!バレンタインデー!

5時に起きてしまった!
昨晩1時まで起きていたので良くない。
暖かくなり、気分は良いが。
6時の風景!


読書!
猶輔(鉄斎)が、半年ほどの長崎留学をする。(文久元年)
出島で清国の画人達から見せられた本場の南宋画に心惹かれる。
 文久3年の夏、住んでいた聖護院住居を猶輔に譲り、自分は丸田町川端の植木屋の離れ
を借りた。お風呂を借りるのに近いところでないと不自由な年齢になった。
 七十過ぎて初めて、新築の三畳を建てる。天井は煤竹。歌友を招き入れるための部屋。
 自分が死ぬ時の部屋として。
 太田垣家の跡継ぎが家紋を勝手に変えたことや、植木屋の死に水を当てにしていた家人が亡くなったため。
 坊官屋敷にも太田垣家にも行かなくなる。
 この川端の家には著名な国学者の歌人も訪れた。
 祇園のちか女、島原のさくら木などの女友達とも歌を詠むために招いた。
 蓮月は色街の人とも分け隔てなく招いた。
 蓮月の高名に訪れる人達には、「るす」と書いた札を出していた。植木屋の人にも断るように頼んだ。
 75歳の時に余りにも訪ねる人が多いので西賀茂の神光院の茶所に引っ越す。

 三畳の間は移築して仏間にする。

 月心から画を学ぶ。

 猶輔は鉄斎の号を使い始めている。嫁を迎え国学の塾を営む。

 蓮月は前夫のために五両の供養を女人禁制の高野山に行く智満に託す。

 傘寿の祝に歌集「海人(あま)の刈藻(かるも)」を出す。

 八十の年に陶芸の仕事を弟子に譲る。

 死んだときは、鉄斎が蓮と月を描き、蓮月の辞世の歌を棺に入れ包み、神光院近くの西芳寺の小谷共同墓地の片隅の小さな墓に入る。

 本人の希望で経帷子も用意され、普段は米櫃につかっていた桶を棺桶として、遺言に添って85年の生涯を終える。











 可能性。






















 朝ごはん!

 晴れてる!




 娘が来て、娘のところに郵便配達人が持ってきたとこちらに報告。

 野菜ジュースが届く!





 「スカ-レット」
 テレビ事情が悪いので、よく映りません。

 神山清子さんの画風はとてもモダンなのです。
 彼女の作品に惚れ込んだ元女優が売ってくれと100万円持ってきましたが、喜美子は売る気はないのです。
 何故なら、七回目にして初めて成功して穴窯から出てきた自然秞の作品だからです。

 







 親友の子供が高校を中退していた。

 「朝の掃除は心の準備体操!」これは、日本の良い習慣ですね。


 体力重視で。

 1時から2時55分までお昼寝!











感染源の人は既に6日前に降りている。


 感染力強い。
 予防に力を入れる。


 睡眠時間を2時間足す。


新型コロナウイルス患者、長野県が受け入れ表明
ダイヤモンド・プリンセス乗船者、県内医療機関へ
2020年2月13日 午後1時48分


 お昼ごはん!


🔑
 蓮月さんには、多くの伝説がありますが、ずいぶん見事な一生ですね。

 妻としては、一回目のご主人には、放蕩や裏切りがあり、親が離婚させますが、二番目のご主人とは幸せな生活が出きました。

 母親としては、五人の子供全部を病でなくしてますから、辛い極限の哀しみを体験してます。

 しかし、代償のように後の富岡鉄斎を16歳くらいから育ててます。

 彼には、男であっても粥の作り方を教え、雑用をさせてます。

 時代は、幕末ですから、男を台所で働かせると批判されます。

 蓮月は、鉄斎に、学問、書、画を学ばせても、生活できるように、食べていけることを教え、画や書を売ることは卑しい事でないと諭します。

 それは、あの時代でなくても、とても大切な事だと思います。

 芸術家の多くは、売れている画家を蔑視しがちであるし、商人より上であると思っているからです。

 蓮月は現実をしっかりと見て、難聴の鉄斎が生きるために、作品で生活できるように、自分の和歌や書に鉄斎の絵を描かせ、売れるようにしていったのです。

 蓮月の創意と工夫、向上心、学習癖、長生きの心得は、そのまま、鉄斎の画風の助けになります。

 蓮月は、とても美しい人だったので、俗客達の好奇の対象になり、不愉快な思いや悔しい思いもしたでしょう。

 しかし、裏腹で、醜女だったら、手でひねた作風の煎茶の急須や茶碗が、和歌の書を釘で彫ったものが、あれほど売れたかどうかはわかりません。

 美人の尼で、五人の子を亡くした幸い薄い人には、男気が働きやすいのです。

 世の中には、貧しい夫に裏切られ、子をたくさん抱え苦労している女性はたくさんいますが、手を差し伸べてくれる人ばかりとは思えないからです。

 蓮月は多少の困難を体験して、貧しい人達の生活の厳しさを知って、思いやり深い態度を見せます。

 自分の偽物を許すのです。皆、生活があるからと。

 蓮月さんは、伊賀上野の亀山の殿様と喜和と言う女性の間の私生児のうまれでしたが、母親は花街の女性ではなかったそうですが、差別感や偏見なく色街の人達とも交流してます。

 仏の教えもありますが、美しい苦労した女性として、成長されたのだと思います。

 長生きされ、自分の死ぬ準備も万全とされます。

 見習いたいものです。


 バレンタインデー
 大多数はご褒美チョコ!


 玉葱が切れていた!


🔑
 人間の良心!

 https://youtu.be/qDV9-b-qZUw