March 6th, 2021

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烏賀陽弘道氏のyou tubeを聞きながら寝てしまった!

https://youtu.be/m84AiSl7wLQ
4時間!

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烏賀陽弘道氏のnote
フクシマからの報告 2021年冬    渋谷区より広い核のゴミ捨て場が  4500人のふるさとをのみこんだ    撤去されるのは2045年        帰還人口2.5%の大熊町を歩く
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烏賀陽(うがや)弘道/Hiro Ugaya
2021/02/22 03:37

¥3,000
福島第一原発事故の被災地に行けば、延々と続く黒いフレコンバッグの山を目にしないことはない(下の写真は2014年5月14日、福島県大熊町で)。

画像1

中身は除染ではぎとられた汚染土や、解体された家屋の廃材である。福島第一原発の原子炉から噴き出し、一帯を汚染した放射性物質が含まれている。

政府は、住民を強制避難させている間、ばらまかれた放射性物質を除染し、それが済むと「帰ってよろしい」と避難を解除した。

除染で出た汚染物を詰め込んだフレコンバッグは、しばらく現地に積み上がられていた。やがて運び出され、次第に数が減っている。

あの莫大な数のフレコンバッグは一体どこに行ったのだろう。

その答えが「中間貯蔵施設」である。場所は、福島県双葉町・大熊町にまたがる海岸部にある。海岸と国道6号のあいだ、幅約3㌔の帯状の敷地が、福島第一原発を取り巻くように広がっている。

 ここに、福島県内43市町村から出た除染廃棄物が集まってくる。最初のフレコンバッグが運び込まれたのは2015年3月13日である。

画像2

(環境省ホームページより)

その広さは約16平方キロメートル。といってもなかなか実感がわかないのだが、実は東京都渋谷区(約15平方キロメートル)より大きい。渋谷も原宿も竹下通りも表参道も、恵比寿も笹塚も新宿駅南口ものみこまれてしまう。ばかでかい面積なのである(下はGoogle Mapより)。

画像3

なぜ「中間」貯蔵施設という名前なのかというと、ここはあくまで「仮置場」だからだ。使用期限は2045年。その後は汚染土は「最終処分場」に移さなくてはならない。

「最終処分場」に移すと、その名のとおり、放射性廃棄物は永久にそこに置いたままになる。しかし、日本国内ではこの「最終処分場」は候補地すら決まっていない。

なぜこんな扱いをするのかというと、福島第一原発からばらまかれた放射性物質が付着した物体は、すべて「放射性廃棄物」だからである。

放射性廃棄物は、一般ごみや産業廃棄物と同じには扱えない。放射能という毒性を化学的に無毒化する方法はない。放射線がおさまり、毒性が消えるまでの間は、燃やして埋めたり、海に捨てることができない。ひたすら人間から隔離して毒性が消えるまで貯蔵しておくしかないのである。特に福島第一原発事故後は、その放射性汚染物の取り扱いのための法律が新しく作られた(放射性物質汚染対処特措法)。

その中間貯蔵施設の中を取材することができた。2021年1月15日のことである。月2回開かれている見学会に申し込んだら、許可が出たのである。今回はこの報告をする。

中に入って私が驚愕したのは、かつて人々が暮らした団地や学校、幼稚園など町並みがそっくりそのまま残っていたことだった。津波が破壊して何も残っていない海岸部に施設が作られたとばかり思っていた私は言葉を失った。

実は、前回の本欄で書いた木村紀夫さん一家が住んでいた大熊町熊川地区も、中間貯蔵施設の中にそっくり呑み込まれた。津波で亡くなった次女の汐凪ちゃん(当時7歳)が通っていた熊町小学校や、2011年3月11日にいた児童館も、そっくりそのまま、10年間時を止めて貯蔵施設の中にある(冒頭の写真)。

政府や東電が「中間貯蔵施設」と呼ぶ名前には、有害なイメージが消去されれいる。しかし、実態を直視すれば、それは「放射性物質で汚染された土壌の埋立地」にすぎない。あえて語調を強めれば「核ゴミ捨て場」である。

つまり、人々が暮らした町がそのまま「核ゴミ捨場」にされてしまったのである。双葉・大熊両役場に、かつてどれくらいの人々が住んでいたのか取材した(意外なことに、両役場とも正確な数を把握していなかった)。

「施設に含まれる集落の2011年3月11日時点での合計人口」という定義で調べてもらった。結果、大熊町3910人。双葉町632人。およその数で4500人。そのふるさとが、核ゴミ捨て場になってしまったことになる。これはひとつの「町」が消えてしまったに等しい。

 貯蔵施設だけではない。外に出て大熊町を回ってみると、町役場が2019年にできた数平方キロの地区を除いて、町内のほとんどの場所が汚染のために立ち入り禁止のまま無人で眠っている(下は大熊町のJR大野駅前商店街。2020年10月6日撮影)。

画像4

震災発生当時1万1505人いた大熊町の人口は、避難解除後2年が経っても283人(約2.5%)しか戻らない。つまり町民の約97.5%がいなくなってしまった。

ここでも私は、福島第一原発事故がもたらした巨大な破壊を目撃することになった。それは10年という歳月を経て、ゆっくりと姿を現したのである。

(冒頭の写真は、中間貯蔵施設の中にある熊町小学校、幼稚園、児童館、団地など。中間貯蔵工事情報センターで展示されている空撮写真より)。

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凄い霧!


うさぎ小屋の掃除!
その前にクレソンをあげたので、うさちゃんは機嫌は良い。

 うさちゃんの爪切りは今日でなくても、切れた白と黒の絵の具を買いにいかなくては!(白の絵の具はたくさん買ったのだが、キャンバスと一緒に届くように手配したので、まだ届かない!)











ゴム長靴でなくても歩けるようになった!

 ようやく土が見えた!



北長野駅で降りて、画材屋まで歩く!


絵の具はやはり高い!
白と黒とレンブラントのカラーを数本買ったら、1万円超えてしまった!

帰りは長野電鉄で権堂まで!







花屋さんで!


ブラジルでお昼!




コロナバブルでお金の本当の価値は減っている
大切な資産を守るためにはどうすれば良いのか
2021年03月06日
山崎 元 : 経済評論家
コロナバブル時代、あなたのお金の価値は放っておくと実質的に減って行く。どうすればいいのだろうか(写真:sh240/PIXTA)
先日、ある媒体で株価のバブルをテーマにした座談会に参加した。


コロナバブルの原因とは?
「株価はバブルであり、バブルの最終局面にある」とする弱気派の論者と、「一流企業は健全であり、各国の金融財政政策も現状が継続するはずだから今の株価がバブルだとは思わない」と考える強気派の論者の間に挟まり、筆者は「株価形成はバブル的だが、たちの悪いバブルなので、まだ続く。株価水準として日経平均株価3万円は『黄信号点灯』くらいの水準だ」という両者の中間くらいのポジショニングだった。

この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています)。記事の一覧はこちら
3者で意見の対立が大いにあるかと思ったところ、現在の株高については、「コロナを背景として、金融緩和に加えて大規模な財政支出が行われて、お金がだぶついていて、株価が上がっている」という点で一致していて、ほとんど議論が起こらなかった。一言でまとめると「金(カネ)余りによる株高説」だ。

「金余り」という言葉を頻繁に聞くようになったのは、1980年代後半の日本のバブル時代だった。語感が下品で好きにはなれないが、金融緩和を背景に起こる資産価格の上昇は、この言葉で説明するのが一番しっくりくるという点で厄介な表現だ。使いたくないと思いながら、つい使ってしまう。

現在の状況は原因と結果をくっつけて「コロナバブル」と呼んでよかろうと思うが、コロナバブルは一面では、株式や暗号資産のような資産に対して、「お金」の価値が低下している現象だと見ることができる。この際、「お金」とは何だということを、改めて考えておきたい。


»次ページ 改めて「お金」とは何か?「汚いもの」なのか?
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今夜は菱餅があるので、お雑煮にしよう!
長野東急百貨店の地下でみつばや人参、鶏肉を買った!
お八つは和菓子!
苺、バナナも買ったし!

薬屋でかゆみ止め軟膏と風邪薬!


『大盗賊』は1962年のフランスの冒険映画。映画の製作自体は1961年に行われたため、1961年の映画と記す資料も多い。 フィリップ・ド・ブロカ監督の作品で、出演はジャン=ポール・ベルモンドなど。主人公は、実在の人物ルイ・ドミニク・ブルギニヨンをモデルにしている。 ウィキペディア
公開日: 1963年3月1日 (日本)
監督: フィリップ・ド・ブロカ
音楽: ジョルジュ・ドルリュー
映画脚本: フィリップ・ド・ブロカ、 ダニエル・ブーランジェ、 シャルル・スパーク
プロデューサー: アレクサンドル・ムヌーシュキン、 ジョルジュ・ダンシジェール
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キャスト
役名 俳優 日本語吹替
VHS版 TBS版
カルトーシュ ジャン=ポール・ベルモンド 山田康雄 鈴木やすし
ベニス クラウディア・カルディナーレ 松金よね子 高須賀夫至子
イザベル オディール・ヴェルソワ 平井道子 小沢紗季子
マリショ マルセル・ダリオ 北村弘一
元帥閣下 リュシアン・ランブール 熊倉一雄 大木民夫
ラ・トープ ジャン・ロシュフォール 作間功
軍曹 ノエル・ロックヴェール 納谷悟朗
警察署長 フィリップ・ルメール 仁内達之
VHS版:1984年にビクターエンタテインメントから発売されたVHSやVHDに収録。
その他声の出演:大宮悌二、村越伊知郎、峰恵研、曽我部和行、池水通洋
テレビ版:初回放送1969年8月8日 19:30-21:26 TBS『金曜ロードショー』
その他声の出演:青野武、野沢雅子
出典
関連項目

スト-リ-
1720年のパリ、盗賊団の若手であるドミニクはボスに反抗したため町を出ることとなり、兵隊に志願する。ドミニクは激しい戦闘の中、将軍たちの態度に嫌気がさしたため、仲間二人と兵隊たちの給料である金貨を盗んで逃亡する。その途中で美女盗賊のベニスと知り合い、お互いに魅かれあう。

パリへ戻ると、ドミニクは小さい弟がボスに捕らわれているのを知る。そして彼はボスとの戦いに勝ち弟を救い、自分が盗賊団のボスになる。ドミニクはベニスと結婚、カルトーシュと名を変え「金持ちだけから盗み、貧乏な人々に分け合う」義賊になることを宣言し、庶民の支持をもうけるようになる。

しかし、富と権力を手に入れたカルトーシュは次第に傲慢になってゆき、あろうことか、貴族である警察署長の妻イザベルをも自分のものにしようとする。











 黒姫駅は雪!


 美味しいお餅です!





 パセリをあげました!
 だいぶ、汚しましたね!


 うさちゃんのおいた!
 悪いこのときは、うさちゃんは、おいたちゃん(いたずら)といわれますが、とうとうサ-クルにうさちゃんが出れるくらいの穴を開けて、娘が大悲鳴!
補強するのに、何を使おう?
水引はどうか?















娘が来て、うさぎが飲み込むと危険だと、金属の葉っぱとうさぎのメダイを取り外した…



今日買った絵の具!