March 9th, 2021

-4度から10度!晴れ!

2時半に起きる!
電気をつけっぱなしで寝てしまった!
疲れていたのであろう!



 うさちゃんは夜起きてる!

 洗濯ものを干して再び寝る!
バックも洗ってスト-ブの前に!


 5時に降りたら、まだ起きてる!


3.11から10年「巨大地震」「富士山噴火」複合災害に警戒せよ! 「直下型地震が起きない場所はない」 京都大大学院・鎌田浩毅氏が警鐘
3/8(月) 16:56配信

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夕刊フジ
 マグニチュード(M)9・0、最大震度7を記録した東日本大震災からまもなく10年を迎える。京都大大学院の鎌田浩毅教授(火山学・地球変動学)は、震災の影響によって首都直下や南海トラフ巨大地震、そして富士山噴火などの巨大災害が起きやすくなっていると警鐘を鳴らす。「3・11」の教訓として、自分の身を守り、国の機能を維持するための備えが必要だと主張する。

 東日本大震災では、死者・行方不明者が約1万8000人、経済的な被害は約17兆円とされる。

 鎌田氏は、「1000年に一度」ともいわれるM9級の震災によって、日本列島の地下に異変が生じたと指摘する。

 「震災でプレートが跳ね返った反動でストレス状態にあり、今後30年間は火山の噴火や直下型地震が起きやすい。列島に埋もれる約2000本の活断層は全都道府県に存在しており、直下型地震が起きない場所はない」

 特に「いつ起きてもおかしくない」と懸念するのが、首都直下地震だ。

 「耐震補強のない木造家屋の多くが倒壊し、ライフラインが全部止まり、関東大震災クラスの火災が発生する恐れがある。河川の堤防は20センチ程度のずれでも決壊し、東京東部のゼロメートル地帯や地下鉄が浸水する。犠牲者は約2万3000人、経済被害も95兆円規模と予想される」と鎌田氏。

 一方、政府が「今後30年以内の発生確率が70~80%」とする南海トラフ巨大地震について鎌田氏は、「2030~40年ごろに起きる」と明言する。

 南海トラフのような海溝型の大地震については、発生の40年前ほどから内陸で直下型地震が頻発する経験則があるという。1995年の阪神・淡路大震災や2016年の熊本地震と鳥取県中部地震、18年の大阪府北部地震など西日本を襲った地震がその兆候にあたると鎌田氏はみる。

 「南海トラフは静岡沖から宮崎沖まで約800キロに及ぶが、静岡沖の東海、名古屋沖の東南海、四国沖の南海の3つの地震が連動する。かなりのエネルギーを十分ためており、M9級になる。首都圏の高層ビルが共振し、人や家具が巨大な洗濯機でかき回される状態が10分程度続く。東京湾には2~3メートルの津波が、大阪湾には5メートルの津波が押し寄せる。太平洋ベルト地帯での犠牲者は約32万人に達し、『3・11』の10倍以上になる恐れがある」

 南海トラフ巨大地震に誘発されるのが富士山の噴火だ。記録に残る最後の噴火は江戸時代、1707年の宝永大噴火だが、その49日前に宝永地震が発生した。

 鎌田氏は、「東日本大震災から4日後に発生した富士山付近の地下14キロの直下型地震でマグマだまりの天井にひびが入った可能性が高く、噴火をスタンバイ状態にした」と語る。

 富士山近くでは火砕流や泥流などの危険があるが、幅広い範囲で市民生活を破壊するのは火山灰だ。宝永の噴火では江戸で5センチ、横浜で10センチの降灰を経験したが、近代以後の日本ではインフラに比べ物にならない被害を与える。

 ◆東京に舞うガラス片で健康被害

 鎌田氏は、「流出する溶岩が東海道新幹線や東名高速道路を寸断し、東西の流通が止まる。火山灰は上空3万メートル近く吹き上げ、偏西風で首都圏に流れる。都市部では火力発電所のフィルターの目詰まりで発電停止、送電線への付着による漏電、浄水場への混入で上水道のまひなど、ライフラインに障害を起こす。火山灰として降るガラス片が1カ月にわたり東京を舞い、目や呼吸器の炎症も起こす。下水道を詰まらせるため、処理もスコップで集めて袋詰めするしか手段がない」という惨状だ。

 過去に例をみない「複合災害」は国家機能の衰弱も招く。「南海トラフでは220兆円の経済損失、6000万人の被災に加え、関東一円の火山灰被害で2兆5000億円が上乗せされるとしているが、火山学者はこれでも甘いとみる」

 「必ず来る大災害」に向けて、東日本大震災で得た知恵と教訓をさらにレベルアップさせた準備が急務だと鎌田氏は強調する。

 「個人や周囲のコミュニティーで自ら身を守るのが肝要だ。救援や供給が途絶えるので、都市部では災害が起きたら家族に『3日間は帰らない』とあらかじめ伝え、自宅だけでなく勤務先などに滞在する覚悟も必要だ。水や食料、医薬品、生活用品は個人でも勤務先に確保すべきだろう。3大都市圏が被害を受けた場合、北陸や山陰地方が頼みになる。データや首都機能の分散のほか、日本海側と太平洋側を結ぶ連絡路の整備など国土改造も視野に入れる必要がある」と訴えた。

 ■鎌田浩毅(かまた・ひろき) 京大大学院人間・環境学研究科教授。専門は地球科学、火山学、科学コミュニケーション。1955年生まれ。東大理学部地学科卒。通商産業省(現・経済産業省)を経て97年より現職。今年3月で定年退官を迎える。近著に『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)

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最終更新:3/8(月) 21:28
夕刊フジ


 8時45分に起きる!
 うさちゃんにセロリ!
 
















 うさちゃんのお部屋のお掃除!


 おトイレの尿吸いとりは、全部捨て新しいのに変えましたが、うさちゃんも努力して尿もうんちもここにしているようです!

 うさちゃんはとうとう、内側からかかっていた🔑を開ける方法を知った!
 それは、内側のかんぬきをすでに囓って小さくしてゆるゆるの状態なのを知っていて、外側からトントンを繰り返して、かんぬきがドアを縦地に押さえているのを回転させ、かんぬきの役目をなくす方法を使ったのである。生まれて3か月でなかなか賢いではないか?

 今日は、ネ-ブルオレンジの皮も千切りにして6分の1個分あげた。

 お昼!
 草餅の磯辺巻き!

 娘が来て、洗濯袋にうさぎをいれ、爪をヤスリで削っている!

 網の大きめの洗濯袋にうさぎを入れると、爪が穴から出るので、ヤスリで爪を研ぐことができるそうだ。

 うさぎに引っかかれないように、娘は私のふわふわのパジャマを着て、さらに、冬のスリッパを履き、うさぎを洗濯袋に入れたまま、網テントに入るわけだが、うさぎは割りといい気持ちのようで、確かに爪だけ洗濯袋の網から出すが、血管が長く挟みは危険過ぎるので、ヤスリで順々に削るのである。

 それを3回くらいして、うさぎは自分の小屋に戻ったが、ご褒美に三つ葉の葉っぱに葉レタス!

 私は2階で憩っていたかったが、テントのドアのチャックを締めろ、懐中電灯を持ってこい、冬のもふもふスリッパを出せ、うさぎの入った洗濯袋が重いので、代わりに持てと忙しく!うさぎrunが終わり娘帰って、ようやく休める状態!

 そこで迎えたコ-ヒ-タイム。

 3月21日の信濃町議会議員の選挙の投票券が届いた!
 共産党の片野さんがこの間、チラシを郵便受けに置いていった!



娘はとうとう電動ヤスリをもってきた!
何か騒がしい音がしたが、私を呼ばなかったので、自分で解決したかったのであろう。




















毛づくろい!
毛繕ろい!







11時36分に起きる!

後期高齢者になる前準備を始めよう!

 
 秋から74歳になる私の課題は、雪の長い冬の暮らしをどうするかと言うことだ❗

 この神山の冬は長い。

 11月24日前後から買いものバスも、分別ゴミの回収もなくなり、春の4月24日前後まで封鎖される。

 それは、車が、特にマイクロバス以上が入れない雪事情で、近いセブンイレブンまでも坂道なので、凍って滑るので、自家用車かタクシー移動が安全な唯一の方法。

 今年はコロナで、美術館巡りが限られ、余った旅費を買い物用のタクシー代金に回したのでなんとか経済的には、やりきれた。

 しかし、郵便配達や宅配便が来るので、毎日の雪かきは必要で、吹雪いていたり積雪の深い日には、かなりの労力が要求される。

 私の方は小高い山のてっぺんで、スキースティックがなければコテ―ジから出れない。

 今年は例年より元気で、私はかなり楽しく雪かきができた!ゲーム感覚で終わると達成感があり、ご褒美コ―匕―を飲んで雪景色を楽しむことができた!

 しかし、来年はどうだろうかと思うと、自信がない。



 

 原則として雪かきは自分でしていた。

 もう、ひとつは、暖房は24時間つけっぱなしだが、やはり、寒いのである。

 信濃町の天気予報より、実質は2度低い❗

 薪ストーブもあるが、継ぎ足しと灰の処理に時間がかかり、気持ちとしては。非常用である。

 半年の冬時間を老化の進む体力の危険は大きい。

 私と同世代の静岡の三島から来ている男性は、屋根の雪下ろしで落ち、肋骨を五、六本折り、病院に運ばれ暫くは松葉杖姿だった!今は冬はいない。

 二軒隣の高齢者のお婆さんも、雪で滑って背骨を叩き息子が迎えに来て、家を売った。

 仲良くしていた坂下のコテージに住む私より10は若いと思われる女性もある時、家がなくなり、びっくりして管理事務所に問い合わせたら、末期の癌になり、山の暮らしを捨て、妹さんの住む町田に移ったそうだ。

 怪我する前に、病になる前にこの厳しい雪の季節を回避できる方法はいくつもある。

1 冬は長野市に暮らし、春、夏、秋は神山の人たち。
 春、秋、冬は東京や大阪、名古屋等で暮らし、夏だけ神山の人たち。

2 数年、または、一年のうち10日くらい神山の人たち。

3 主に長野市に住み、週末だけ神山にくる人たち。


 父が悪友の弁護士が分譲を手伝っていたこの神山グリーンタウンをおつきあいで買ったのは、50年以上前の私がまだ小学生の時だった。

 その頃、野尻湖に東京から行くのは7時間もかかり、不便過ぎて、その土地は長い間放置されていた。

 父は、92歳で死ぬ3年前に、「黒姫の神山の土地は良い土地だ。野尻湖も黒姫山も妙高山も見える。勿体ないから、誰か建てよ。」と、言った。

 土地は400坪近くあり、4人兄弟の共同名義になっていた。

 他の兄弟3人は全くこの土地に、興味がなかったので、「私は絵描きだから使うかもしれない。」と、父の命ずるまま後の3人に100万円づつ払い、名義を私に変えて、311の前にコテージを建てたのである。父は来ることはなかったが、コテージの写真を見せることができた。

 それから、2回、夏811に「蚊帳教会」のイヴェントをして、翌年の3月に「再生Rebirth」のインスタレ―ションをして、ビデオで撮影し、東京に帰って前日の最終列車で仙台から、東京に帰って来た娘と家の寝室のベッドで一緒に揺れた、311の体験である。

 翌年の3月10日に父は亡くなり、私への父の遺言は、絵を頑張ることと娘を結婚させることだった。

 その頃、冬にコテージに行く時は、天気予報で太陽マ―クが並んでるときに、管理人に有料の雪かきを頼んで絵を集中的に描くためだったが、寒くて、黒姫駅に着くと涙が出たものであった。

 それでも、コテージに着くとストーブを入れ、薪を焚き、森の深い慈しみに癒され幸せを感じた。

 やがて、娘が介護をしていた姑がケアハウスに入ると、主人は相続のトラブルのもとと、東京の家を解体し売った。

 二世帯住宅の東京の家は、新婚旅行でいっしょだった建築家の奥さんと彼女の父親と親しくなった縁で、ご主人の建築家に頼んだものでプロテスタントの目黒教会とか学校の建築をよくしている人で、私たちの家もどこかそんな風だった。

 大姑が96歳で夏の明けがた亡くなり、私達親子3人は、主人の両親と同居が始まった。

 娘が4歳の幼稚園から同居したが、4年生の春には、私達家族はボストンに移り、長い夏休みやクリスマスホリデイ帰ってくるだけの家となったが、アメリカのアーティストの暮らしから、いろいろ影響受けたが、制作の場と家庭のある家の距離感などもそのひとつだった。

 アメリカの同じ年齢の女性アーティストは、スタディオを別にもち、自立して絵画を続けていた。

 ⭐
 私が神山にコテ-ジを建てた時は、あくまで制作の場としてのアトリエで、自分の自由に絵の具をあちこちにつけても、それが悪いなどとは思わなかった。

 しかし、娘が近くに家をもち、夕飯を共にするようなると、自分の自由が損なわれるような気もする時がある。

 コロナで東京にもいけなくなり、海外へも夢の発展が望めず、体力も雪のダメ―ジでひどく疲れるような時もあるので、どうしたものかと考えてると、思わぬ啓示があったのである。

それが、「ゆりかご」!

私の100の棺桶のあとに、ひとつの空のゆりかごがあると言う詩があって、空のゆりかごの中に何をいれるか?と言うインスタレ―ションの問いかけにこたえは、命だ!

 あってはならない幼児誘拐や虐待。婦人への性犯罪や拉致、殺人。
 

 画材を買いに行く「高橋額縁店」のある今井と、うさぎの餌等を売ってる篠ノ井の「amigo」の結ぶ地に小さいが安くて、暖かい家を見つけたのである。

 その家の名が「クレ―ドル-ガーデン」と言うので、何か神様が用意してくれた冬のお家と思えたのである。

 長年の課題の歯医者さんもあるし。

 それで、ここのところ、観にいったりしているわけ。


 タクシー代と暖房費を考えたら、体の冬の負担を考えたら、経済的にも楽だ。
これかれの10年はス-パ-にも近いこの地ならしのぎやすいだろろう。

 一応、親子3人住めるように主人の部屋も娘の部屋も用意してます!