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祈りの力。


父の介護を3年間土日も休まずしていた末の弟。

 

介護は喜びだったと言う。

 

父は最後はトイレにも歩けず、父より体格のいいわけではない末の弟は父をお風呂に入れるときは、毛布にのせて引きずって風呂場まで運んでいた。

 

おしゃれにできている鉄筋コンクリートの父の家の段差を埋めるべく専用の板も、車イスもウォーターベッドも用意して。

 

☆人間は不思議なもので、毎日介護をしていた末の弟と毎週一度長野から駆けつけて掃除をしていた私を無視して遺産相続は行われた。

 

上の弟が特別父に愛されていたのでとほとんど総取りの偽の遺言書を出してきたのだ。そのリーダーがその下の年齢も妹で、末の弟が父の日頃も言動と違うと裁判を起こしたときに、誤字だらけの裁判を取り下げなさいという手紙が来た。

 

父は自分が博士号までとったので唯一評価された子で自分が一番愛されていると言う手紙の内容。

 

だったら、せめて1日、1時間でも介護したらいいじゃいの?

 

☆私と末の弟と父での時間はいつもとても平和で、お金や遺産の話など一度もなかった。

 

父のために中華レストランで中華粥やスープをオーダーして熱いうちに持っていき 末の弟とボロボロだった丹前を捨て、今はなかなか扱ってい店がないのでインターネットで生地を指定し綿入れの丹前を注文した。

 

父は庭に狸が親子4匹で来るのを目を喜ばせて楽しんでおり、ホールの大きなピザパイを1枚買ってきて焼いて庭に出していた。

 

☆妹も自分の部屋があるのに東京に来てもホテルに泊まった。上の弟も寄りつかなかったが、ある晩8時頃、用事があって父の家にいったときに、上の弟がいて「実印はどこだ?」と探しまっていて、私には考えられない父への口のききかたで驚いてしまった。

 

「あんたがだらしがないから実印が見つからないんだ。」

 

しかし、実印は父が最初に指摘した1階の居間の引き出しから結局は出てきたのだった。

 

末の弟に言わせると、就職が決まって鹿児島に行く前に同居していた妹は母にも食事や掃除のやり方に酷く罵倒をしていたというのだ。

 

親に向かって?

 

7年もお金のかかる留学させてもらって?

 

母は私に言ったことがある。妹は母に「オムツを換えてやんないよ。」と、言うのだそうだ。

 

母はそんなときは、「そんなことを言うと博士様が泣くよ。」と言うと黙ったと言う。

 

☆妹はアメリカで博士号をとるときに過酷すぎて日本に帰りたいと父に手紙をだしたときに、父が黙ってナポレオンは3時間しか眠らなかったと言う本を一冊送った。それで、妹は帰らず博士号を取ってきた。

 

末の弟への裁判を取り下げよという手紙にはその事が書いてあった。「私は父の命令を受けてそれほど頑張ったのだ!」それは自分より学歴の低いものを下に見るという彼女の考え方が溢れていた。

 

☆私は末の弟に手紙を見せられてこう言った。

 

みんな、頑張ったのよ。
妹だけでないわ。

 

上の弟も自分に与えられた事は頑張った。

 

私もアートも主人の家の両親と同居して、期待に添うべく子育ても頑張った。

 

あなたも両親に一番仕え、介護を全部引き受けて誰にもできないことをしている。

 

だから、頑張ったのは妹だけでないの。

 

それぞれの価値観があるの。
父も母も頑張ってくれたから私はアートができたしパリにも住ませて貰った。妹だって7年もの学費を払ったのは父でないの?商人は学者より低いと思っているかもしれないけれど、そのお金がなかったら博士号まで勉強できたかどうか。

 

☆末の弟はとても神様に愛されていると思う。

 

あの、日航機123便が1985年に山梨の御巣鷹に墜落にたときに、羽田飛行場でビデオ撮影をしていたのだ。

 

その前に末の弟夫婦は秋田の聖体奉仕会に行ったのだ。木像の聖母像から涙と血が流れたという奇跡のあったところだ。私がすすめたのだった。

 

末の弟のビデオは日航機だけでなく
13機ほどの飛行機が飛び立つ風景を撮影したもので、その後その後ビデオはニュースやテレビで世界中に放映された。

 

タイムマガジンの表紙にもなって、末の弟もテレビに出ていた。

 

私たち家族はお盆休みで娘と主人と箱根にいたのであった。

 

☆さて、末の弟の妻の母親が亡くなり、カトリックだったのでイグナチオ教会のマリア聖堂で葬儀が行われた。

 

神様の好きな13日だった。

 

その前に父の家にいって狸2匹が来ていたのを二人で観たのだったが、末の弟は狸は吉祥の印なのだと言う。

 

☆末の弟は仏教に母が倒れて以来傾倒していて、カトリックの奇跡等鼻から信じていなかった。

 

それが、祭壇の左右が巻かれるように開けたのを見た。

 

この頃のカトリックの演出は手の込んだ装置があるのだなと思ったと言う。

 

そして、3メートル大のイエスキリストが現れたと言う。

 

その時に、自分身だけ見えるのだと悟ったと言う。

 

☆そして、12月5日の裁判で奇跡が起きた。

 

上の弟が遺言書を誰かの指図で偽造した事を話初めてしまったのだ。

 

誘導したのは裁判官である。

 

☆母の葬儀は真宗大谷派のお東さまだったが、末の弟には本葬で僧侶のお経で私と末の弟以外はがっくりと傾いたのが見えたと言う。自分の後ろや視覚にない人は別にして。

 

霊の世界では仏もキリストも同じ力で働くのだ。

 

☆キリストを観てね。
悪いことはできないと思ったよ。

 

あの二人も改心すれば許すよ。

 

本当にね。

 

神様はいつも観ているし、天の裁きには時期を選ぶと言うか完全なやり方があるね。

 

☆プログと言うのは誰が読んでるのかわからない。

 

11月下旬に、「聖母の騎士修道院」の100歳のブラザーがなくなったので祈って下さいとコメントが入っていていた。

 

きっと、修道会の方なのであろう。
そんなプロフェッショナルの祈りのかたも他人に祈りを頼まれるとは!

Tags: via ljapp
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