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「日本貧乏物語」を読む!

 

☆裕福な家から没落するのが貧乏の中で一番いいと赤瀬川原平はあとがきで書いている。

 

この本は、作家たちの貧乏のことを書いた文の寄せ集めなのである。

皆、後の日に成功し功績を残した人たちばかりなので、貧乏も楽しそうに見える・山頭火だけは少し違うが。

 

☆私が読んでるplogの中の二人が今、貧乏ただ中で、深夜の過酷な寒い中の労働状況を書いている。収入も1日1万円くらいで油断すると命の危険にさらされる。

 

☆これを知りながら、私だって47歳から7年のうちの4年間はもっと過酷だったと思い出す。

 

睡眠が一日2時間で、真っ白い雪の中を吹雪いている日には前の車のライト2つだけをたよりに運転していた。孤独とアート制作の過労とのボストン。

 

しかし、性格の問題か誰にも言ったこともないし、神に従順によって迎えた現在が例え死という結果になっても後悔しない覚悟で嫌でもなかった。

 

疲労は極致だったが。

 

人生は自分が主人公ではないので、いつも栄光と言うわけでもないし、無視されたり、語学能力の不備のため軽く扱われていたいたかも知れないが、そんななかでも希望的な幸せもあって生きてこられたのであった。

 

☆「普通では耐えられない結婚生活」と言うわけでも霊感のある知人の奥さんに言われたことがある。

 

結婚式のスピーチで主人側の上司6人が「奥さんをいじめないように。」と言い、最後に舅が「緒先輩方のおっしゃるように奥さんをいじめないように。」と言ったのであった。

 

とんでもないところにきてしまったと思ったのは結婚式のただ中。

 

結婚してから、大姑が「孫が話すと心臓が抉られるほど心臓が痛い。どうして孫のところになんかきたの?あなたは器量がいいし、とてもいい洋服をきてきだてもいいいのに。」と言われたことがあって、「騙されたんです。」と言ったら、唖然と腰が抜けていたようだった。

 

姑も日本最高の名門はと自負している出身校で有名ないじめっこだったと、カトリック教会のあちこちで聞いた。

 

土下座までして結婚を望んだ姑にはいじめがいがあると思われたのであろうか?

 

私はそんな中で生きてきたのであった。

 

☆しかし、「私は神よ艱難を与えたまえ」のキリスト教なのである。

 

母から「どうして、この娘は苦しみを選ぶんだろう?」と言われるほど筋金入りなのだ。

 

☆このところ、台所にいると天から光の雨が降ってくる。

 

甘露の露と言うのか、慈しみですべてを癒す愛のシャワーだ。

 

☆娘が買った本だが、私の戸棚にあった。

☆昨日 届いた封筒。
ポーランドへの巡礼旅行。
巡礼が好きなのは私よりもっと過酷の中で生きていた聖人たちが好きなのだ。

☆過酷な貧乏の中で戦っている人も、孤独の中で生きている人も、神様は見捨てませんから。

 

昨日、読んだ別のプログで、

 

孤独とはなにか?

 

という質問に

 

神から見放された状態という答えがあった。

 

ある詩人の言葉のようだ。

 

☆神は人間を見捨てることなどあるのだろうか?

 

仲良しのテレサに電話をしたら、秋に韓国の聖女と言われる人にあって、彼女は本物だとは思うけれど 周囲が巡礼地にしようとしているのを嫌がっていると言う。

 

春にはカトリックと関係ない友人とイタリア旅行にいくという。

 

77歳だけど、元気で何より。

 

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