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神様からの贈り物! イエス様、大好き!

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このところ観た映画「神の子、イエス」。
「天国は本当にある」。

この2本の映画を見る間に、間違えてアマゾンから届いた革製の新約聖書。

封書を破ってストーブにくべてしまう習慣と、スマートフォンを変えた際に、メールアドレスが変わり、過去のメールが一切見れないのです。

私が注文したのは東工大学のロシア語の教授の多国語を学ぶ楽しさの本で古本で買ったので、300円くらいのもので菅、中に入っていたのは新しいと思われる新約聖書だったのです。

☆昨日、末の弟と電話で話してました。
末の弟は昨日、裁判で今度裁判官が変わるそうですが、母の後見人の弁護士さんが有能できちんとやってくれてるので心配はないのです。

昨年の暮れ。末の弟の奥さんのお母様が亡くなり、11月10日過ぎに、四谷のイグナチオの聖マリア聖堂でお母様のお葬儀ミサがありました。

その時に、末の弟は小さな聖堂の舞台が割れて、光り輝く戦士のようなものが見えたので、近ごろのカトリック教会はこういう演出をするのかとたいへん驚いたそうです。

しかし、よく見えると戦士ではなくイエス様で、光り輝いて大変筋肉質だったそうです。そして、自分の目にしか見えない現象であると悟ったといいます。

信者であるお嫁さんに話したら、とてもうらやましがられたとのこと。

「ずいぶん、励まされたよね。自分が父の義のために戦っていることを神様が良しとされ、励ましてくれた気がする。」

☆私は末の弟に、昨年、「天国は本当にある」の実際の少年と父親が語る映像をYOU TUBEで観たときに、末の弟に天国に流産した名前を付けてない赤ちゃんがいた話をしたのです。なぜ、その話をしたかというと、末の弟には子供がなく流産で子供を失ったことがあるからです。

 あの日本航空の飛行機が墜落したときに、お盆休みで弟はお嫁さんと羽田の飛行場に行って飛行機を10機ほどビデオカメラで撮影していたんです。

 そして、その前に夫婦で秋田の聖体奉仕会に行ったのです。

「神様に使われたのよ。」と、私は言いました。

☆私が20歳と時の宗教体験、臨死体験の話もその暮の末の弟の宗教体験の時に末の弟にしました。

 1週間、2階の自分の部屋で過労から寝込んでしまいました。
7日目の早朝、ベッドの前の窓から大きな光が届き、誰に教えられたわけでもないのに、ベッドから降りて、跪いて手を合わせていました。

 イエスの姿を見たわけではないのです。でもはっきりとイエス様だとわかりました。

 そして、声ではないのですテレパシーのように、メッセージがわかったのです。

「私は気が狂ったのか?1週間、偶然、断食状態に入り、倒れてベッドから降りることも食べることもできなかったのです。でも、今は動けるのです。」

神様は、こうおっしゃったのです。

「人間は目に見えることしか信じられないから不幸なのです。

 あなたは絵を使って、人類に目に見えないものを見えるようにしてください。

 真理、愛、美は同じものです。

 人類に真理を知らせるために、美を使って、愛のために生きるのです。

 そのかわり、私があなたに贈るものすべて、いいものも悪いものも従順に受け入れてください。

 覚悟のいることですが、私のメッセージを受け入れますか?断りますか?」

私は、これ迄、ろくな人生を生きてきたわけではないので、受け入れることにしました。

その時に、指にドキドキドキッと大きな脈拍が打たれるのがわかりました。

そして、そのあとにわかったのですが、右目だったか、大きなものもらいができていたのです。

☆その日は4月7日で、日曜日ですぐ着替えをして、あの後藤さんの教会だったのでしょうか?田園調布のプロテスタント教会に駆けつけて、泣きながら、牧師に「今日、神様にあいました」といったのでした。

 さらに、慶応の法学部大学院生の渡辺格さんという方が「私も羊を連れたイエス様におあいしたことがあります。」と教会
会の本棚から20冊くらい本をもってきて「読んでください。」と渡してくれたのでした。

 その本は臨死体験の、宗教体験のある多くのキリスト教の指導者の本でした。

 それで、キリストの道を受け入れることにしたのです。

☆「天国は本当にある」の映画は実話にもとづいて作られてます。

地味な映画で、長野の映画館では観客2人。しかし、全米では70億の収入をもたらしたヒット作品で昨年上映されたそうです。

3歳の牧師の子供の主人公は危険な手術の間に、天国に行くのです。

「天使はね。人間の描いたり作ったりする端子とだいぶ違うよ。」と少年は父に言う。

 父親は美術書や教会絵本を見せて、「イエス様はどのようだったか?」と訊きます。

 少年はどれも違うという。

 牧師の家庭ですら、実際に天国を見た息子を疑いなく受け入れることはなかなかできなかったのでした。

 それでも、誠実なお父さんは教会の牧師としての説教で息子の見た天国の話をします。

 教会信者も動揺します。テレビや雑誌やラジオの取材にも父親は誠実に息子を出します。

 母親が絶望して息子の手術の時に知人に祈りを頼んだ。地元で奉仕をしている夫妻のために消防署の仲間も友人も仕事仲間も祈りのリレーが起きます。

 父親は、つい、教会内で、「自分はこれほど神に仕えてきたのに、息子にこんなに大変な命の危険にさらせれるとはと、神をののしり悪態をつくのです。

 天国に行った息子は、その風景も見ていたので、「パパは教会の中で怒っていたよね。ママは皆に電話をかけまくり、皆に祈りを頼んでいた。」

 父親は、だれに訊いたのだと驚くのです。

☆しかし、ある日、アメリカの少女が同じような臨死体験をして、イエス様の絵を少女とは言えないレベルのうまさで描いたことを新聞で見ます。

父親は息子に少女の描いたイエス様を見せて、「このイエスか?」と訊きます。「うん、僕のあったイエス様はこの人。」というのです。

そのイエス像はとても強く知的でやはりがっしりとした感じでした。

☆それで、父親は息子が父親の父である祖父に会ったというのと、自分の名もつけられず流産したお姉ちゃんに天国であったというのと、聞いて、とても喜ぶのです。

「そうか、天国にいるのか?」

 天国はとてもきれいなところで、虹があり、死んだ人も若返っているというのです。

 誰も悪い人はいないのです。

 牧師になる決意をしたのは祖父の影響だったと息子に語ります。息子に知らせなかった流産した女の子。

 母親は「ガールだったのね。私たちは傷ついてないと思ったいたけれど、私たちを安心させるために天国にいることを教えてくれたのね。」

 教会のメンバーの中には愛する息子を戦争で失った人もいて、自分の子供を神様は守ってくれなかったと牧師の子供の宗教体験を素直に受け入れられない人もいたのですが、誠実な牧師家族にかたくなさも溶けて、いい信者と牧師の関係に戻ります。

☆「川崎のいじめられて殺された上村君ていたじゃない?あの子は天国にいるのよ。

 逆に、殺した少年たちはどこに行くのでしょうね。

 きっと、その子供たちに用意された場所があるのね。

 それは地獄かもしれなくて、同じような人がいるところなんでしょう。」

 地味で退屈な映画なのだけれど、本当に大切あものがここにあるんだと思う。

 神様は見ているし、天国に行けるように日々生切るのが一番いいんだと思う。


 プロテスタントの教会は貧しくて、牧師さんの家は借金だらけで、妻はやはり苦しんでいた。

 しかし、大切にしていた赤ちゃんのドレスを女の子が生まれた信者に妻は贈り物としてわたす。とてもきれいな高価なものに見えた。

 信者のレストラン経営者は「こんなきれいなものをとてもいただけない。」とつつましくいうが、妻は心から祝福して贈る。

 妻は何も言わなかったが、夫はお昼を食べにそのかじゅわるなレストランに行くと、「代金は自分のおごりだ。きれいなベビードレスを自分の赤ちゃんのためにあな他の奥さんがくれたよ。」という。

 さりげない美しい風景だ。

 貧しいけれど豊かなのだ。

 最後は、新しい子供が宿ったわと夫に伝える妻と、大きくなっておねえちゃんが「天国に行ったとは思えないくらい弟はわんぱくだ」という。

 教会で皆が指導者を求めているからと、牧師は悩み苦しみ福音を伝える。


☆末の弟にこの話を伝えてから、「私は仏教の幼稚園。あなたはカトリックの幼稚園。間の二人は共産党の幼稚園で神様のことなど信じないかなあ。」と話してました。

私の主人も娘も末の弟と同じカトリックの幼稚園で教育を受けたのですが、たとえ、幾度転んだとしても、神を知るということはとても大切なことだと思います。
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