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安心な日!

 今日は休日ですが主人は勤めに出かけました。娘は論文を書いていて家の空気が緊張してます。

 私は今日のノルマの中国語3時間をやってから家を片付けたりで4時頃家を出ました。
 透き通ったようなイチョウの若葉の並木道が清々しくて多少疲れてはいたのですが5時頃、父の家につきました。弟に挨拶をしてそれから掃除。なぜかと言うと、天気のいい日は父が出かけて7時半頃帰ることが多くなったので、あまり早く行くと会えないからなのです。

 でも、今日は元気で茶の間にいました。
 それで、床掃除などをして帰ったのは7時頃かな?
 駅で家族分の大阪寿司と今日のお八つのケーキを買いました。
 娘には初夏のムームーのようなお寝巻き。

 五反田駅で今日までの20%引きのアンダー・ウエアバーゲンをしていたので、ストッキングや下着を各種か買いました。20%って大きいですよね。

☆帰って娘と食事を終え、テレビで教育の問題をやってました。
 戦後から今日までの学校教育の問題です。
 競争の時期、学校で生徒が暴れた時期、虐めで自殺者が出た時期、ゆとり教育、そしてこの頃では成績よりも授業態度などが重視されるため内申書にかかれるので子供達は先生に逆らったりもしなくなったそうです。子供らしさが消えて、子供のエネルギーそのものが減っているそうです。

 自分の子供の頃や娘の子供の頃を思い出すと、子供らしかったですよ。
 何か疑問があれば納得できるまで訊いてくるし、手紙もよくくれる娘です。

 8時からの関口宏さんの番組でコメンテーターの人もいっていたけれど、勉強って本当は楽しいのよね。それを競争させたりすると落ちこぼれがでて、勝った子供も国際社会で健康に活躍できるかどうか?
レスリングのレスラーのゲストが言っていたけれど、「今でも子供を見る目は学力評価だけだ。」と言ってました。

 人間を見る目はもっと深く愛情深いものでなくてはならない。
 でも教師は忙しすぎて1日に10時間以上働いているそうです。
 それで、もっと丁寧に係わりたいと思ってもやることが多すぎるらしい。

☆学校だけが教えの現場ではない。学びの現場ではない。

 私達は見ず知らずの子供の声をもきちんと聞くことはできる。
 9歳で虐待で殺された聖香ちゃんのあざも悲鳴も近所の人は皆知っていた。でも、誰も救い出さなかった。聖香ちゃんは飢えて友達の家にご飯を食べさせてくださいとまで言って歩いたそうだ。

☆テレビのインタビューに答えた子供の一人が「東大に行っていい人間になる。」と言った。
 国際社会で活躍する人間が聖香ちゃんを見たら、どう対処していたらどうか?

 私の20代の前半の頃、家に近くに民芸店があった。
そこの継子である大学を出た息子は、ボロボロの格好をして時々その店に来た。
継母と実の父親は逃げた。息子は商売道具の店先の甕をけって割った。息子は継母に判を押させられ財産放棄を約束させられた。しかし、息子は文章を書くのが趣味なので自分で本を作って皆に配っていた。
不思議なことに私は彼に明大前で会ったのだった。実の父親は「他人の家の秘密に首を突っ込んで異常だ。」と私を中傷したが、実の息子より独身で若かった後妻の魅力のほうが増していたのだった。

 彼はその時既に20代後半だったが、人格は完全に壊れていた。
 取り返しがもうつかない年齢かもしれない。

 人間の無関心は人を殺すのだ。

☆家に帰ってうさぎの親子の写真をブログに貼った。
 2匹の子うさぎがいなくなっただけで私は心配していたのだ。
 家族はそろっていたほうがいい。
 どんなになっても見捨てないのが家族。
 血は繋がってなくても家族。

☆学校の勉強ができるだけで評価されるのはやはりおかしい。
 そんなことに気付いている人間もいる。
 そうだ。気付いている人間がもっと頑張らないといけないのだった。
 
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