Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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2階で読書できる日は幸せ!

雨で静かな日です。
2階の本箱には好きな本が何冊でもあるので、幾度も反芻して読書できます。
寒いので、お出かけの時のホッカロンを身に着けてベッド二入ってます。




この時代の日本人の画家のパリへのあこがれにはすごいものがあります。

セザンヌやゴッホ。ルノアールにブラマンク。マチスにピカソ。モジリアニ。
日本人画家がその作品や人物に会った時のワクワク感がとても新鮮です!

佐伯祐三の人生は30歳まで。パリで亡くなりました。その2週間後に一人娘も亡くなります。

裕福な大阪の由緒正しいお寺の三男。
美しい一つ上の奥さんと学生結婚します。

美しい奥さんは銀座の象牙屋さんのお嬢様。

足が悪くて杖科松葉杖を使われていたようです。

私の母校の先輩でした。虎の門女学館出で堂本印象のところで絵を学んでいたそうです。

お二人は結婚して、素敵なアトリエを佐伯祐三の家に建ててもらうのですね。

それは学生時代のことで、とても恵まれた育ちですね。

佐伯祐三夫妻は関東大震災に遭遇し、象牙屋の象牙は粉々になったそうですが、素人大工の建てたアトリエの家は無事で親戚も助かったようです。

親子三人でパリに行き、当時は船で40日ほどかけて上海など経由して行ったようです。

フランス語の話せる人にちゃんと半年ほど語学も習って行っているようです。

夫婦で絵を描き、スイスのレマン湖畔などの絵も残っているので裕福な画家夫婦でしょうね。

☆それでも、ブラマンクに佐伯祐三は酷評されて参り、奥さんはなかなか賢くてブラマンクの言う黒や秘訣を佐伯祐三より早く身に着けたようです。

そのために、佐伯祐三の絵に手を加えているのですが、夫婦なので贋作とは言えないという見解の評論家が多いです。

☆モジリアニの死後初めての個展を観て、佐伯祐三は大ショックをえたとあります。

本当にいい時代だったのです!

☆奥様は社交も上手だったようで、多くの男性から好意をもたれます。

 酷い評伝によると佐伯祐三の兄との子が彼らの子供だとか、いろいろな男性と関係があったように書かれていて、佐伯祐三は愛の苦しみと芸術上の苦しみから精神を病んだというのもありますが、多く作品が夫婦の協力と前向きな姿勢から、それだけの作品を残せたのですから愛のあるいい家庭だったのではないかしらと思いますが。

☆3分の1ほど読んだところで、夕飯を作るために1階に下りました。

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