Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

なんで助けてくださいと言われるのか?

私は今も、昔も勤労おばさんだが!



私は大学の頃に易にであった。
数学的に確率をはるかに越える同じ卦がある状態の時に繰り返し出るのだ!
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一番苦しかったのは、聖書の教えとの違いだった。

東洋の聖書、易経は因果応報の大変合理的な世界。

西洋の聖書は、7回の70倍許せと言う非合理的な教えである。

実際に実用的なのは易経の方である。

⭐私は求められれば、いつでも占ったが、30分くらいみて100円で、その100円も、赤十字の募金箱に入れていた。

易経の教えのお陰で、運気のコントロールを無意識に覚えた。

基本的にあまり儲からないほうがいいのだ。

運の貯金ができるのだ。

本当に必要なものが、きれいにやって来るようになる。

⭐悪銭、身に付かずと言うが、あぶく銭ほど危険なものはない。

私はよく書くけれど、若い時によくタダ働きさせる人にであった。その人たちは自分が賢いと思っているようだった。

しかし、私の眼にはそうは思えなかった。

そんな風にして富んだらどんな恐いしっぺ返しがくるかもしれないのだ。

no title
no title

生きていくことは不思議だ!

無報酬で人助けをしていると、好転反応が起きて、努力ではあり得ない幸運があちらから、運ばれてくる。

⭐美術学校は、絵で食べれることを教えない。

質の高いセールス能力や顧客を惹き付けて放さない魅力作りを。

私の最初の渋谷の西武デパートの個展は、軽井沢にいたときに、作品等見ないで決まり、次に評判がいいからと延長になった。

それは、人助けのために軽井沢にいたときに、そうなったので、運気が呼び寄せたのだ。

西武の人はそんなことは知らなかったが。

⭐美術学校では、不思議なほど運を良くしろとは教えない。

芸術家は血と運命に恵まれなくてはと言うのに。

⭐しかし、私の陰の運気をよくする努力を誰も見ない。

「女は、いいよな。」とか。
「コネがあるんだろう。」とか。
売り込みしたかのように言う。

まさか!

⭐もし、仮に美術学校の教師だったら、私は学生には、徹底的にボランティアをするように指導するだろう。

好きなことをやって生きるのには、先ず、他人を幸福にすることだ。

そうすると、嫌がおうにも自分が幸福に包まれる。

⭐少しでも、余裕ができたらお財布をからにして、人に仕えることだ!

パリにもバルセロナにも、「行ってらっしゃい!」と、他人からお金が贈られた。

反対も多い。
「お金を送ってほしい!」と言う電話や手紙や眼前のおねだり。

私は少したじろぐ。

私より数段、名のある人や地位のある人がなぜ?と思うのだ。

それは、エスカレートすると、恐喝やひったくりのように、見えることもあった。

私は応じてきたが。その人たちを地獄に突き落としてしまったのかもしれなかった。

そのあと、決して、それらの人は幸福にはならなかった。

私は聖書の教えにしたがってきたのだが(上着を求めるものには下着をも拒むな)、因果応報がしっかり働いていたのだ。

no title

⭐人を助けることも罪になることもあるのだ。

人間修業はなかなか厳しい。

昔、22歳のころ。
2年続けて、出雲大社の26番の大吉のおみくじを引いた!

今は、そんな運勢は善行が足りなくて引き寄せられない!

また、ぼちぼち頑張りましょう!
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