Ruiico (ruiico) wrote,
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苛めの原因のひとつは劣等感!

苛めがあったので出れた易カルタ。

人生には因果応報が、正しくある。

厳密な天の計らいがある。

苛めはいつかは負ける。

神の正義は永遠。

苛められてる人たちに力を送ります。

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私の体験したいじめ。

1、大学の斡旋したアルバイト。
カラー写真の現像所で。都立大学駅近く。

経営者(30代始め)から、いきなり殴られる。
「劣等感のかたまりにやるから観るな!」

「おめえ、俺と寝たな。
そういって、ゆすってやるんだ。」

定時制高校を出たとの事で私は偉いなあと思っていた。

自分の奥さんも常に張り倒していた。

私はただ驚き!

結婚写真の修正も仕事のひとつだったが、雅叙園に届けると、元華族のおじいさんがレストランでレモンティーを出してくれ、雅叙園の天井画は日本画の学生が描いた等説明してくれるので、どこで道草をくってきたのかとその時もなぐられたような気もします。

自分にとっても社会勉強で、森ビルの娘さんが、カリスマ美容師宮崎ただおに 髪をまとめてもらいスタジオで婚礼写真をの撮影してましたね。



他にも、たくさんのアルバイトを日常的にしてました。

☆このように働きながら大学に通っていたのですが、どういうわけか、そうゆう風に見られなかったらしくて、女子美術でも芸術大学生たちからも日常的に、カツ上げされました。

芸大生達も、集るだけでは体裁がわるいのか指導するように、「働けよ。」と言ってました。(彼らは親が小遣いを沢山やっているんだろうから、集っても悪くないと思いたいのでした)

私は同じ年齢なのに、同じように健康なのに、他人から巻き上げる心理がわからなかったのですが、気の毒過ぎて「あなたの集っているお金は私が朝から晩まで汗水垂らして働いたお金ですよ。」と、言えなかったのでした。

集りながらも、「コンプレックスの塊だあ。」と叫ぶように言ってました。芸大の方が女子美術より偏差値上なのにね。

また、別の芸大生からは、一度も二人きりでお茶をしたこともないのに、「地方から上京したら、あってくれるか?」というので、お茶を断ったら殴られたこともありました。

女の子が自分の思い道理になら無いと暴力を振るうのでした。

☆大学教師の苛めはそれ以上でした。

年功序列という教授もいました。

授業中、自分の授業をすっぽかして、そばに来て、「愛人にならないか?」と言うのです。すでにバツイチの助教授でした。迷惑なことです。

別の教授は心を描いたら興奮して「目に見えるものだけ描けばいいのだ。」と、授業停止の処分を受けました。(呆れ)

そういう事実は、27歳くらいのときに、日本経済新聞の文化欄で400字詰め7枚で書くことが出来ました。

20歳4月7日に、神と真理を人類に伝えると約束したので、私も命がけで使命を果たしてますが、神の方も確りと支え、機会を与えてくれるのでした。

右に土牛の富士山、左に井上靖の私の履歴書、下が松本清張の「利」という連載小説でした。

☆卒業後、家にいきなり来て、殴る蹴りの暴力を振るった女子美術の同級生は、真夜中強姦の群れのなかに呼び足したりする人でしたが、父親もご主人も東大出で、日本のトップの車会社に勤めているエリートの奥さんです。社会的には決して、マイノリティではないのです。

個展に来て、日経の記事を見たときに、チェっと、舌打ちしてました。

もう一人のいじめっこは、ご主人の著名な日本画家が文化功労賞をとって、同じ欄に出ていたことがあったので、震えあがっていました。

卒業後すぐ、早々と東大博士と結婚していた方で、調子に乗って、「自分は頭がいいが、あなたは馬鹿だ。」と説教たれていた人でした。30歳で離婚されると妙におとなしくなってましたが。

卒業後、突然、家に来て、殴る蹴るをした人は在学中整形で目を二重になさったときも、これでいじめがなくなるならばと、おおいに期待したものでした。

不思議にそのことを同級生に話しても、「すんだ話だし。」と、暴力の味方の方が多いです。

ある日、27歳くらいの時に、その卒業後いきなり私の自宅に来て、殴る蹴りをした人から電話がかかってきて、「軽蔑しないで。」「一緒に写真を撮った事があった。」と、言うのですが、「これから千葉にいかなければならないのですが、電話を切ってくれませんか?」「もう、つきあってくれないの?」と、言ってきたのには驚き!

サイン帳等のデザインのため、千葉のクイン社にいく時だったのですが、15分くらい到着か遅れてしまったのでした。

赤坂に呼び出され、「妊娠していると言う噂が出ている。」と、喫茶店でおお声で叫んだりしていた人でしたが、知らね人には「大親友」と、言っているそうです!

親は何千坪の家に住んでいたといってましたが、川崎にその時は普通のサイズの家に住まわれてました。

☆「結婚するんでないよ。」と、在学中、頬をいきなり平手打ちしてきた人や毎日、学食でお茶を奢らせる人もいました。

☆他にも「あなたのお母さん、本を読んだ事がないんでないの?」と、勝手に決め込んで侮蔑していた同級生もいましたが、有るとき、私を観ると震えあがって、「馬鹿だから馬鹿だから。」と自分を責めて後ずさりするのです。

「御願いだから、御願いだから、馬鹿にしないでね。」と言うのです。

☆あまりにも、人間の質が低いので絶望することもありましたが、神への信頼がありましたので、希望があったので自殺する気はなかったです。
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