Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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「死ね!」「あんた死ぬ?」「まだ生きてるのか?」

no title

私が女子美術で大学教員に言われた言葉である。

女性の助手もいた。

クラブ活動のお金を横領しようとした同級生も、その後、研究助手になった。

いじめ得である。

☆私は村松亮くんの自殺事件で、もう、これ以上黙ってられない気持ちだ!(怒)



村松亮くんは、とても優しい子供で、同級生がいじめにあっていたら、慰めているような正義感溢れる子供だった。

5年前に両親が離婚した時に、母親に姉妹2人と一緒に東京に引き取られていたが、お祖母ちゃんとお父さんがかわいそうと、自主的に岩手県に行った。

お母さんは、別れたお父さんと何年か振りでの電話で亮くんの自殺を知らされたのだ。

お母さんは、あの時引き留めていればと自分を責める。

☆亮くんは学校へ行かなければよかったのだ。

お母さんは亮くんの部屋を片付けていて、虐め相談SOSのたくさんのカードを見つけて、なぜ、電話をかけなかったのか?

お母さんは担任の先生を信頼して、SOSをだしていた亮くんに、なんの助けるもしなかった。

あんなに酷い暴力をされていたなんて!

お母さんの悲しみは大きい。

☆私にはわかるところがある。

子供は、言わない。

心配させたくない。

プライドと言ったらいいのか、こんなこと自分で解決したいと思う。

死ぬほどの絶望。

☆虐めっこをも、虐められる方はどこか信じる。

私もそうだった。

本当はいい人なのだ。こちらが優しくすれば、きっと本当にいい人のもとに戻ると、信じたかった。

だから、逃げなかった。

それを、あるとき救ったのは三輪明宏だった。

ある女性週刊誌の身の上相談で「変わるはずないじゃない。」と答えていたのだ。

それまで、ひとを見限ってはいけないという王道があった。

どんな人でも、善なのだから、その善を引き出して、悪いところを見てはいけないと。

三輪明宏は、「さっさと、逃げなさい。」と言ったのだ。

そうか、見放していいのだ。

私はようやく楽になった。

☆虐めは殺し。

暴力は犯罪。

そして、たかりは恐喝である。

☆自由が丘にあった「ジェリコ」。
絵の客が、連れていってくれたピアノバーと言うのか?アメリカ人歌手が経営していたピアノとカウンターだけのお店。

毎晩のように50歳の雇われママ日本人から電話。

「家賃が払えないから来て。」
家賃は大倉山の自分のアパートのことで、給料前に支払えなくなるので、客のトルコ人の女性画家に借金していた。

父親は京都大学出の僧、自分は元宝塚、中学校教師の夫は自分の母親を大事にしないので離婚したという。

その50歳が真夜中12時頃、毎晩電話してきて、「家賃が払えないから来て。」というのである。

25歳くらいで、毎晩制作に忙しかった私は、電話を受けとると家を飛び出した。

母親は「いっちゃダメ!」と、泣いて引き留めたが、私は人が困っているのに助けないのは人としてあり得ないと、おもって、人が殺されたばかりの宝来公園を通り過ぎて、20分ほど歩いて駆けつけたのだ。

すると、そのママは罵倒し唾を吐きつけ明け方までいびるのだが、行かないのは、人として愛が無さすぎると思って、次の日も次の日も駆けつけたのだ。

あの真理は虐められっこの真理だと思う。

行かないのは、何か卑怯なような真理なのである。

破滅に向かっていく。

虐めっこの方の心理は、自分の閑古鳥の店への劣等感や日々の楽しくないせいかつへの鬱憤晴らしである。

おそらく律儀な真面目ないじめられっこは、行かないとか逃げるとかしないのである。
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