Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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神山は晴れている!

庭の花を見ていた! 
 
 今日は百合の球根を植えるので肥料と土を買いたいな!

 第一スーパーに行く日なので、それまでお部屋を掃除してます!

☆ 今の生活は疎開生活のようです。

 パリのテロも戦争中だとオランド大統領も発言しましたが、世界に不幸な人を抱えている以上、世界は平和から遠い。

 私は古い草臥れた衣服をも捨てない方ですが、日本でも想像しない困窮生活が始まるかもしれない。

 フランスがシリアの首都に報復空爆を行った。

 民衆は難民として、どこに行けば助すかるのだろう。

 私は古いものを大切にして慎ましく生きようと思う。

☆世界中に問いかけが始まる。

☆2時20分が第一スーパーのバスの来る時間なので、お出かけ。

 薬屋さんで、風邪薬や洗濯石鹸、お風呂の柚子炭酸浴溶剤。

 コメリで電動ドライバーと球根用の土。

 第一スーパーで柿、トマト、ジャガイモ、卵等買う。

 ブルーのバックスキンのスカートは、5000円もするので、洗濯を断念して返してもらう。

 セブンイレブンでドーナツ4個。

 キャッシング3万円。
残高が1000円くらい!

 25日に給料が入るまで、これでもたさないと。

☆帰ってきて、百合と水仙とムスカリを植える。

☆夕飯は白菜、豚肉、椎茸、ニンジンのお鍋。

段々、寒くなるので温かいものが。

☆それが美味しすぎてつい2杯食べ、さらに北陸白海老茶漬けで、1杯食べたものだから、お腹が痛くなってしまった。

☆「作家 林芙美子」を、半分くらい読んだところ。

 「放浪記」を、出版し成功した。その1冊を産みの親の父親に送った。籍は入ってないが、女学校の授業料を払ってくれた父親。

 父親が家に芸者を入れて、母親は娘を連れて出ていったのだが、父親も次の男も年下。

 母親の祖母のところに、母の父親違いの子供が二人いて、芙美子も食べれないときは母親から荷札をつけ、祖母の家に荷物と送られ、女中のように働かされたという。

 母親の若い連れ合いは女郎屋に芙美子を売り、芙美子は脱走してきた。

 そんなことを書いている「放浪記」を、父親は苦しくて読めなかった。

 そして、芙美子に祝い金として、300万円渡した。

 芙美子はそのお金でパリに来たのだ。

☆パリでの人との交流は凄い。
 著名人だった芙美子を訪れる各界の著名人。

 佐伯祐三も姪も石川啄木の遺児の連れ合い等、訪ねてくる。

 若い大学生が貧しい放浪記の生活と違うパリ生活を詰る。貧民にお金を寄付し工場で働かないのかと言うのだ。

 芙美子は働かなければならないから働いたのであって、プロレタリアの思想で働いたのではなかった。

 それにしても、この時代のパリは凄い。

 芙美子がロダンの美術館に行き、こんなにたくさんの作品を創ったロダンに圧倒される

 カミーユが半分近く創ったと、突っ込みを入れたくなる。ここにも男のために不幸な人生を余儀なくされた女がいるのだ。

 芙美子は、ここで、自分も作品を頑張ろうとパリを出てロンドンに行く。

 芙美子は惚れやすく失恋もするが、妻子のいる男に言い寄られてうんざりもする。

 「私は結婚しているんですよ。」

☆読書の面白いところは、パズルを埋めるように同時代の日本人のパリへの思いが見えてくるのだ。

 そして、FOUJITAのような映画。

☆正露丸を飲んで、お腹を静めお風呂に入り、1時頃眠る。

 ほんのすこうし、私も芙美子のように世間と闘った。

 父親はお金をくれなかったし、母親はかかってくる電話を全部握りつぶし、私の顧客名簿を捨てた。

 そのなかには、スペインとフランスを走る汽車で向かい合わせの席の青年のもあって、彼は何をしてるの?と訊いたので、トランクをあけて易カルタを見せたら、持っているのを全部買ってくれ、パリにあるのを送ってと言うのだった。

 ロシアとアメリカ人のカップルと私たちと4人で、アンティークの食堂車で食事をした

 楽しかったな。私が32歳のころ。帰国前で作品を送ったが作品代金を戴いてないので、帰りにニューヨーク回りで帰った。

 集金しにね。

 その前に、私の作品はホテルオークラのアメリカ人のギャラリーで扱っていて、いつもチェースマッハッタン銀行の小切手で支払いをしてもらっていたのといったら、
2歳下の彼が「ニューヨークのうちのとなりがチェースマッハッタン銀行だから小切手で僕も支払うよ。」と言っていた。

☆何で、そんな話を思い出したかと言うと、娘が、「ジョセフ コーネルって知ってる?」と訊いてきたからである。

 あの頃、パリはジョセフ コーネルの話題で一杯だった。

 そして、集金旅行でニューヨークで彼にあった私は、彼の働いている五番街のチェースマッハッタン銀行の隣のビルで、彼の父親やおばさんに挨拶にエレベーターで上や下に行き、「ボンジュール!」を、連呼してきたのである。

 レストランですき焼きをご馳走してくれ代金を支払い、さらに「今日は何かもってないの?」と、ハンドバッグに入っていた易カルタを2箱くらい買い、「彼女がいるけれど泊まっていかない?」と誘った。

 その彼が、MOMAでジョセフ コーネル展をやっているよと、教えてくれたのである

 ジョセフ コーネルは草間彌生の彼氏である。

 私は断り20ドルくらいのスラムの安宿に泊まり、グレイファンドのバスで、サンフランシスコから日本に帰った。

 その住所等のある住所録を母は捨てたのだった。

 彼はFAOの御曹司で、世界一のおもちゃやさんではないか?

☆そして、ロダン!
 林芙美子が感動したロダン。
 
 私の百人一首を購入してくれたパリ郊外の市立美術館はロダンのコレクションで有名なところだった。

 私の作品をパリまで観に行ったときに、1999年にヨーロッパでもっとも優秀な美術館として表彰された美術館で、マチス、ドュ ビュッフェのコレクションで有名なところでもあることを知った。

 パリで個展をしたのが37歳。2歳の娘を連れての逃避行。

 その個展に来てくれた美術館が7年後に購入してくれたくれた百人一首。

 時間の物差しが長いパリの芸術への視線。

 私の百人一首はガラスケースのなかに、ダリやドュ ビュッフェとならんで飾られていたよ。常設だって!

☆私には、林芙美子の物語も藤田嗣治の物語も極めて近い身につまされる話なのだ。

 私の母親は狂気に近い嫉妬の持ち主で、叩いたり殴ったり蹴飛ばしたりも日常茶飯事で、父親に訴えると「自分も我慢しているので我慢しなさい。」と言うのであった。

 今、わかったが、父親はたくさんの女たちに逃げ、母親がくも膜下で倒れる前に、母親が箒で叩くのでアパートを借りて家出をしたいと言ってきたのも、自分の会社に日曜日に越路吹雪のような女性を連れときたと管理人が暴露したからで、80過ぎた夫婦が枯れないのに驚いたものである。
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