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杉原千畝を観に行く!

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☆神さまの仕事のために選ばれた家族。

 買った本もプログラムも読みました。

 実話の方には奥様の妹さんの節子さんが、お子さんの育児の手伝いに、1937年にフィンランド、リトアニアのカラナス、ドイツのベルリン、チェコのプラハ、ルーマニアのブカレストから1947年に日本に帰国するまで、ついていってます。

 その節子さんは帰国して1年で亡くなられてます。

 年頃の10年を姉の家庭のために献身したのでした。

 また、お子さんの一人が亡くなられ、帰国後、日本で生まれている。

 本は、奥様と長男の共著で、奥様の方がご主人より、メカに強いとかでカメラ係りだったそうで、実に、貴重な史実が写し出されている。

 ソビエトから、写真を没収されながらも、子どもの写真だけはと持ってきたそうです。

 何か、極めて大事なことのために、この家族は使われてきた気がする。

 日本のためでもあるけれど、もっと大きな人類のために。

☆この一年ほど、第2次大戦のことにナチスの関係する映画をたくさん観てきた。

 シンドラーのリスト記念館にも行ったし、アウシュビッツにもベルリンにもリトアニアにもチェコにも行ったのだ。

 フランクフルトのユダヤ人にもあったし、イスラエルからきたユダヤ人にも、旧ソビエト連邦の国の人にもあったし、ブルキの太鼓の作家のアトリエにも行った。

 同時に、私のするべき仕事を促されている。
 私の娘がかな切り声をあげたときに、目の前のカクテルグラスが粉々に割れて、なんだか、私の家では、この世の不協和音のために大変なことが起きていたのだ。

☆杉原千畝と言う人は、実にいい顔をしている。

 父親が医師になれというのを、逆らったので自力で働きながら早稲田の英文に通い、経済的に無理になり外務省から満州のハルピンに留学し、ロシア語を学ぶ。

 フランス語もドイツ語もできて、インテリジェンス オフィサーとして、ソビエトの情報収集をする任務を受けていた。

 彼は、日本がアジアへの進出を止めなければ、アメリカと戦争になり、大敗をするとまでわかっている。

 日本はドイツ、イタリアと同盟を結び、当時はヒットラーの勢いは最高峰に達していたのに。

 そして、ナチスのユダヤ人、障害者、同性愛者、ジプシーなどへの差別による収容殺人。(日本でも先日、日動画廊副社長による、出産前にわかれば障害者は始末すべきと言う発言が話題になった)

 自分の外交官の立場を省みず、ユダヤ人に生きのびるためにパスポートにVISAの署名をした。

 映画は、当時の外交官の生活や、ユダヤ人の惨めな姿を映す。

 監督の父親はユダヤ人、母親は日系人で、撮影の場所はポーランドだったという。

 日本の家もポーランドで建てたと言う。

 少し、細やかすぎるのと、日比谷公園の中の季節毎の出店も違和感があったのは、そのためか?

 戦争と言うのは、ユダヤ人でなくても危険にさらされる。

 日本軍が罪がない人をも殺傷するときに、ロシアのスパイの女性に「人殺し」と罵られる。

 彼女への愛。

 杉原千畝夫妻はロシア正教の信者で、千畝はロシアの彼女と教会で会う。

 彼女の恋人を殺した日本軍。

 杉原千畝のなかで、人殺しとしての日本軍の責任が償いをしなければと言う気持ちも問われたのだと思う。

 映画でなかったその後の収容の日々など、現実はもっと過酷だったようだ。

 ドイツ等も一般人は食糧が不足していた。

 大使館はそういうことなかったが、実際にもっともきちんと食べる間もなく、彼も秘書も働いていたという。

 ポーランド人の役者さんたちも素晴らしく、シベリア鉄道はとてもリアルだったが、ほんものの蒸気機関車を使ったそうだ。

 私は小雪さんの衣装にも唐沢さんのスーツ姿をも楽しみましたが、当時の縫製のできる人に依頼してスーツも時代ごとに変えたそうだ。
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