Ruiico (ruiico) wrote,
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暴力!

このりぼんはスペインの柱の聖母像の丈の長さのリボンで御守りです。

コテージ中、御守りが一杯です。

一時も、神の使命を忘れないようにあちこちにあります。

そう言えば、昨日の夕方、金の雨が降って来ました。

これは、天国の天使軍団の励ましとご褒美だと認識してます。



☆暴力を人はなぜ振るうのでしょう?

 私の母親は暴力を振るう人でした。
恐怖で子供をコントロールする人で、子供の人権等考えたこともないでしょう。

 地方からきた中卒のお手伝いさんが住み込んでいましたが、毎日、母親にしごかれ泣いていたのを覚えてます。

 母親はプロテスタントの大学を出て、毎日、ハレルヤコーラスをソプラノで歌いながら料理をし、「慈しみ深き幼児エスは♪」と歌いながら掃除をしていたのです。

 しっかりし過ぎて、大学でてから、出身校の寮の舎監の口があったそうですが、戦争中で大学も2年くらいで卒業できたので高校生と年が違わないので断り、小学校の先生をしてました。

 「君たちはどういきるか」というコペル君の本がお気に入りのようでした。

 集団疎開で岐阜の養老の滝に子供たちを引率して、貧富の格差が戦争中にでもあると憤ってました。

 純粋といえば純粋。

 お手伝いさんが9時に起きてこないから叱っただけと言ってました。

 母は勝手で、私は日舞がやめたくなかったのにやめさせられ、ピアノもある日突然やめさせられ、子供たちは親に逆らうということを諦めてました。

 上の弟が、母親に結婚を反対された時に、拳骨で殴ったそうで、母親は悔しそうな晩年言ってました。

☆私が大学生の頃、アルバイトでカラー写真現像所で結婚写真の修正をしていた頃、いきなり、経営者から殴られたことかあります。

 「劣等感の塊になるから視るなよ。」と言うのです。私は夜間高校を出たオーナーを非常に尊敬してましたのにね。

 その時、さらに驚いたのは、
 「お前、俺と寝たよな。大きくなったら(成功したら)ゆすってやるんだ。俺と寝たってな。」
と言うのです。

 大学で斡旋したアルバイトでですよ。

 しかも、奥さんがそこにいてですよ。

 しかし、私は黙ってました。

 私は忙しいのです。
 本もたくさん読まなければならないし、実技もたくさんやることがあるのです。

 喧嘩をしている暇はないです。

☆次に驚いたのは、女子美術の同級生と他校の男子大学生の暴力です!

 教師に誉められれば、廊下でいきなり平手打ち。足を引っ掻け押し倒される。

 初めての個展の時は、車の中で顔を両手の爪で引っ掻きおろされる。

 いきなり、自宅に来て殴る蹴るの乱暴をする。

 交際を断っただけで、顔面を殴りつける。

 そう言えば、硝子の灰皿を顔に投げつけられたり、口から血が出るほど殴られたこともありました。

 これらは、自分の思い通りにならなかったというわがままではないでしょうか?

 しかし、戦争というものもその拡大のような。

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