Ruiico (ruiico) wrote,
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斎藤清!その1.

☆斎藤清さんは、私が1972年に京橋で始めての個展をしたときに、観てくださり声をかけてくださいました。

 その時に既に60代でいらして、プリントアートギャラリーでしたので、先生はご自分の用事でいらしたのでしたが、優しい大きな人柄なんですね、とても励ましになりました。

 「良いなあ。遊んでるなあ。」 
斎藤清さんが目を細めて言ってくださいました。

 先生でなかったかもしれませんが、「良寛の書のようだなあ。」ても言っていただけました。

 私は貧しかったので働きづめで薄汚かったのですが、本当に高名な先生たちは皆褒めてくれ、若い時にこうした善意を受けることは大事だなあと今改めて思います。
 
 その1972年代は空前の版画ブームで、贋札を作るより、版画をする方が効率がよいと、冗談で言われるほどでした。

 今日のお宝鑑定団のお陰で、斎藤清さんの人生を知ることができました。

 美術学校にいかれなかったのです。独学で絵から版画に移り、外国で評価されたのでした。

 斎藤清さんの作品は外国人の泊まる高級ホテルのギャラリーで見られます。

 人生の要所要所で素敵な出会いがある。

 苦労された方が相応の成功をされたのは、やはり、神が見ておられるのでしょう。

 私も続けよう。

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 私が版画をしたのは、特権階級やお金持ちにしか買えない値段のタブローに疑問を思ったかです。

 私の絵はその後、1枚10円の年賀状まで発展し、クイーン社からの注文だったのですが、400万枚売れたそうです。
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 初めて会った人から、「るいこさんの年賀葉書で年賀状2枚貰いました。1枚は校長先生から。」と言われました。

 その頃は、街を歩いていると自分の年賀状を売ってる文房具屋さんが目に入ったものです。

 また、私の描き代金を多くするより、良い印刷と良い紙を使って下さいと言ったので、「るいこさんに渡す分、儲かりました!」とも言われました!

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