Ruiico (ruiico) wrote,
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「ゼロの焦点」を観る。

 午前中に家事を終えて、渋谷に「ゼロの焦点」を観にいった。
ちょうど始まるまで10分くらいで真ん中の席が取れた。

 松本清張の代表作で生誕100年記念に映画化されたもの。
舞台の北陸、金沢はこの間旅行へ行ってきたばかりで風景も懐かしい。

 主人公役は広末涼子演じる板根禎子、26歳。36歳の金沢に住む鵜原憲一と結婚する

☆ドラマの内容は書かない。
 戦争後の昭和の時代を日本人はみな敗戦国の屈辱と平和への安堵のために一生懸命に前を向いて生きてきた。
女たちは戦後のどさくさを食べるために必死であった。そうして兄弟を助け親を養ってきた。あるときは思い出したくないほどの過酷さを秘めて。

 松本清張の時代把握の確かさと人間のおろかさと危うさにこめた夢がよく描かれていると思う。それぞれの精一杯の真実。悲劇がそこに起こる。

 原作は前にも読んだが再び読み始めた。

☆映画を観終わってから「パンの木」に寄ってコーヒーを飲んだ。
神泉駅から渋谷まで行き、東急線で父の家に。「マ・シェリー」で娘に毛糸のボディ・ウォーマー(腹巻)を買う。
父は留守だったが、掃除の終わるころに帰ってくる。金沢で買った「ぼらのからすみ」とお菓子をお土産で渡す。父からは姑へのお歳暮を買うお金を預かった。
 弟と話込んでとても「ユザワヤ」に行く時間はなかったが、家まで送ってくれた。

☆やはり、家2軒分の掃除の後はひどく疲れる。
 家ではやることだらけである。お風呂に入ればお風呂の掃除。台所にお洗濯。これも日に3度くらいしますね。

 今日は寒かったですが、明日はもっと寒いそうです。

 今日の映画は極端ですが、人間が生きるのには残酷なことが多いのですね。大好きなAちゃんから電話があったそうで楽しい旅行のお話がすすみました。

 人間ってとても自由で行動が許されているのでしょうが、「週刊文春」の中村うさぎさんのエッセイに「木嶋佳苗さんはとても苦しんでいる。チック現象や蕁麻疹で苦しんでいると彼女のかなえキッチンであるのでどんなにかつらかったかうさぎさんにはわかる。」とありました。
木嶋佳苗さんを侮ったり容姿を笑いものにするのは私は不愉快なんですよね。生きる残酷なようなものに視点を持ってみると、劣等感や不充足感は代償を求め、それが食欲や物質欲につながることもあるようです。

 佳苗さんはトウにどこかが壊れてしまったのですね。
 そこに追いやる何かがあったのでしょうか?

たいていは、どんな人も改心によって立派になれる。
私が今できることは神を知ってほしいなという祈りくらいでしょう。

でも、うわさのように子供のころに大金をあげて真面目に生きることを馬鹿にするようになってしまったとしたら、そうした軽率な大人たちにも罪がありますよね。
 援助交際という言葉がありました。
 寂しい女学生や小学生にお小遣いをあげて私欲をむさぼる大人たち。
多くのそのこどもたちはその心の傷を一生背負うと思います。

☆今日、観た「ゼロの焦点」というのもそうしたところがある話でした。
しかし、どのような生き方にも愛があり、許しがあり、そして健全な光に向かい変わりたいという希望があるのでした。

 しかし、誰もそう簡単には変われないのです。
過去の亡霊に自分からはまって滅びに向かいます。
人間が誰でも平等に幸せになれる日まで、それぞれの戦いがあるのです。

☆今日、読んでいた「週刊新潮」に「日本の毒婦130年」という記事がありました。
 高橋お傳、1人の男を浅草蔵前片町の丸竹という旅人宿にて殺す。
      明治12年1月31日、市ヶ谷の刑場で首を落とされました。

 花井お梅、元新橋芸者。千葉、佐倉の下級武士の娘として生まれ9歳のときに置屋に売られる。芸者として成功し、24歳で待合茶屋「酔月楼」を開業。箱屋の峯吉を出刃包丁で正当防衛のようにして刺し殺し、自首。40歳で特赦で出獄。2000人もの人が裁判ではお梅を見ようと集まったそうです。54歳で病死。

 昭和になると連続殺人があり毒婦も
 杉村サダメ、昭和35年、3人を毒殺。女性としては戦後2人目の死刑者。男のためのお金ほしさからの殺人のようです。

 小林カウ、塩原温泉でみやげ物屋を開いていたが旅館経営が夢。3人殺して昭和45年に戦後最初の死刑となる。

 宮崎知子、日高信子、林真須美、木嶋佳苗、上田美由紀と続くそうです。

 ☆この中の花井お梅さんは川口松太郎の「明治1代女」のモデルとして有名なエリート芸者だった。

 私の知人のTさんは「お梅は自分の過去生」だという。「私は人殺しだから。」とよく言うので「そんなことを言っては駄目。」というのだが、今生はもっぱら前世の償いという生涯を送っていて、今では聖女のようだ。

 私の過去もろくではないと思う。
 それで、「償いです。」ってよく言います。
 前世はお姫さまって言う人もいるけれど、「悪人だったので今生は罪滅ぼしです。」って言うほうがいい人生を送れるような気がする。

 キリストは罪人を許してくれ、私たちは自分のまいた種を刈り取るのに善行も浄化の苦しみも受けることができる。

 本当のことは神のみぞ知る。

 木嶋佳苗さんにも償いの日が来ることを祈る。
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