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罪とは何か?


 この間の「スポットライト」。

1000人を越えるカトリックの聖職者たちが少女や少年をレイプしていたのは、ショックだった!



 カトリック信者が53%をしめるボストンで、カトリックの聖職者を告発することは差し障りかあることだらけだ。

 それを、ボストン・グローブ新聞は敢えて、記事にした。

 レイプ(いたずら)された子供たちは、貧困家庭の父親のいない家庭の子供たちだった。

 卑劣ではないか?

 父親の力次第では教会は破滅する場合がある。

 貧困シングル家庭の母親は忙しいから、教会に子供を預けておけば安心だと信じただろう。

 しかし、子供たちは傷つく、自殺もある。

 映画では、少年の頃、レイプされた、今では、家庭の父親の男が、記者にこう言われた。

 「君は幸運だ。未だ、生きているから。」

 この男性は、自分の子供がいじめられるといけないので、記事には匿名でと頼む。

 しかし、記者たちが証拠探しに図書館に通い、聖職者の記録から病欠、休養を見つけ、幹部が隠蔽に関与していたことや、弁護士が貧しい家庭に教会から金銭によって口止め、示談にしてきた事実を探し出すと、勇気を出して、自分の名前も顔も出してもいいという。

 次の犠牲者を出さないために。

 そのくらい、少年たちは傷ついたのである。

☆聖職者たちの性欲が克服できないのなら、無理に神父にならなくていい。

 しかし、カトリックの腐敗は凄まじい。

 そうだ。

 ボスニア・ヘルツェゴビナのメジェゴリエに行ったとき、第一回公式ツアーとのことで、神父は3人いた。

 3人は東京区で一人は「うちの教会にもマリアさまが現れないかな。儲かるのにな。自分は休暇できたから、今回は働かない。」と言い、もう一人は、私と仲良くなった足の悪い綺麗な奥さんに、電話をかけてきて、「イッヒッヒ、私の部屋に来ませんか?」と、夜の8時半頃、呼びだしたという。お酒が入っているのでいかなかっという。

 更に、友人の部屋は二人部屋で、40代の独身の女性が夜中に帰ってこないという。

 同じ所属教会の男性と逢い引きしているという。

 これが、聖母マリアのご出現地の巡礼旅行でのこと。

 20人くらいの参加者のうち、マリアさまの現れた小高い丘には登らないで、下でお茶している人が7人くらい。

 ヨハネパウロ2世が祝別した巨大な十字架像があり、奇跡により目から涙を出され、手を伸ばせば足の膝に垂れる水滴を触ることができ、ツアーではいかなかったので、私は、朝4時に起き、道に迷わないように風景の写真をデジカメで撮影しながら、教会の庭にいったら、色々な国の人が行列して、イエス様の涙をハンカチやティッシュに拭き取っていた。

 祈る聖職者の男性が美しい声で聖歌を歌っていた。

 それから、7時の朝食に間に合うように帰り、年輩の神父様に話したら、頭を掻いていた。

 結局、行ったの私だけ。

 聖母マリアの御出現のメッセージは、ユーゴスラビアの戦時から今でも、人類への通告なのですが。

☆私たちの献金が、聖職者のレイプの口止め料になるのは嫌だ。

☆68歳にもなると、社会の普通の人が立派なことも知り、聖職者が功名心や欲望のため、自分なんかより、遥かに偉い人と思っていたのにと、がっかりさせられることもあり、人間はどうしようもないと思う。

☆罪とは何か?

悪を見過ごすのも罪なのだと思う。

証拠を集め、裏をとる。
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