Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

1時の流れ。

 ピアニストの中村紘子さんが亡くなられていた!


 昔、白金のシェルガ-デンという高級ス-パ-でお見かけしたことがあった!

 彼女の華やかな演奏活動は国の豊かさや文化の一部であったかのような時代だった!

☆彼女のご主人の庄司薫さんとは2度ほどお茶をしたことがあるが、1対1ではなくてある同世代の女性と一緒だった。

 不思議な事だが、私が自由が丘を歩いていたら同世代の女性から(23歳頃か?)声をかけられ、「今日新聞の広告欄に庄司薫の顔がアップされていて、ハンサムなので会いたい!」と言うのだ。

 奇妙な事に、何の面識のない私はどうしたら会えるかわかった。

 私は異常に近い親切な人で、無条件に誰にでも何の利害関係も求めず奉仕するキャラだった。

「それでは一緒に参りましょう。」

当時、大塚の古いマンションに住まわれていた庄司薫に電話をすると顔を出し、1時間後にもう1度来てくれという。

 マンションの1階は喫茶店になっていてカウンターには新潮社の記者が二人いて、「愛読者の方です。」と紹介された。

多分、11月頃で私はオレンジ色に豹の毛皮のポケットもついたワンピースとブ-ツだった!

 会いたいと言ったミチコさんは庄司薫さんの小説は1冊も読んでいなかったが、私は「赤ずきんちゃん気をつけて」「さよなら怪盗黒頭巾」「もう白鳥の歌は聞こえない」と三部作全部読んでいて、庄司薫さん相手に、赤、黒、
白の解説をしていたら、嬉しそうに笑っていた。

ミチコさんは黒のセ-タ-を編みたいのでと庄司薫さんのサイズを訊いていた。

 庄司薫さんは編めたら、ルイコさんも一緒に来るようにと言った。

 私はミチコさんを庄司薫さんに会わした時点で任務は終わったので、「?」という感じだった。

 その頃、自由が丘のジャズ喫茶でバイトをしていたと思う。武蔵野館の愛人の経営するジャズ喫茶で彼女は加賀まりこさんにそっくりで、多摩美術大学生の溜まり場だった!

楽しかったなあ!

何もかも。
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