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高行健
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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:2000年
受賞部門:ノーベル文学賞
受賞理由:普遍的な正当性、痛烈な洞察力、言語的な独創性をもった作品によって、中国の小説や劇作に新たな道を開いたこと
高行健
プロフィール
出生: 1940年1 月4日
出身地: 中華民国の旗 中華民国江西省贛県
職業: 作家
各種表記
繁体字: 高行健
簡体字: 高行健
拼音: Gāo Xíngjiàn
和名表記: こう こうけん
発音転記: ガオ シンジェン
表・話・編・歴
文学
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作家
詩人・小説家
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表・話・編・歴

高行健(ガオ・シンジェン)は中国出身、フランス国籍の作家。2000年に華人としては初のノーベル文学賞を受賞した。
目次
[非表示]

* 1 代表作
* 2 経歴
* 3 邦訳
* 4 外部リンク

代表作 [編集]

代表作『霊山』はガンの宣告を受けた男が中国南部の山野をさまよい歩く姿を描いた長編小説。1989年パリで完成した中国語作品で、その後フランス語、英語などに広く翻訳された。『ある男の聖書』(一個人的聖経、1998年) は、文革時代を背景とする自伝的小説。
経歴 [編集]

原籍は江蘇省泰州で、1940年江西省南部の贛州に生まれた。1962年北京外国語学院フランス語科卒業。卒業後は中国国際書店の翻訳者となった。

文化大革命では紅衛兵運動に参加し、1971年から五七幹部学校に下放され労働に従事、安徽省南部の山岳地帯にある農村の中学校で教師となった。1974年北京に帰り、翻訳家の仕事に戻った。

1977 年から中国作家協会対外連絡委員会で働き、1979年通訳として巴金に付いてフランスを訪問。同年、散文『パリの巴金』(巴金在巴黎)、中篇小説『寒夜の星空』(寒夜的星辰)を発表。1979年、中国共産党に入党。

1981 年から北京人民芸術劇院の劇作家となり、実質的に中国初の小劇場演劇『非常信号』(絶対信号、劉会遠と合作、1982年)、不条理劇に学んだ『バス停』(車站、1983年)、大劇場ながら実験性に満ちた『野人』(1985 年)などを次々に発表した。演出はいずれも林兆華で、それまでの話劇に叛逆する中国実験演劇の嚆矢として中国演劇界で大きな反響を呼んだ。しかし西欧の手法を大胆に取り入れた戯曲は批判を招き、1987年ドイツとフランスの招聘で出国、翌年からパリに滞在した。

1989 年に天安門事件が起きると、『逃亡』(1990年)を発表して政治亡命を果たし、1997年フランス国籍を取得した。2000年10月12日に中国語作家としては初のノーベル文学賞を受賞し世界的な話題となった。中国では亡命作家・高行健の作品は一時発禁となったが、人民日報はノーベル受賞のニュースと略歴を報道した。近年は、中国国内でも高行健の作品を収めた戯曲選集が刊行されている。
邦訳 [編集]

* 瞬間 宮尾正樹訳「紙の上の月 中国の地下文学」JICC出版局 1991
* 逃亡 瀬戸宏訳「中国現代戯曲集 第1集」晩成書房 1994、「現代中国短編集」藤井省三編 平凡社ライブラリー 1998
* バス停 飯塚容訳 同第2集、1995
* ある男の聖書 飯塚容訳 集英社 2001 ISBN:978-4087733518
* 霊山 飯塚容訳 集英社 2003 ISBN:978-4087734003
* 高行健戯曲集 菱沼彬晁、飯塚容訳 晩成書房 2003
* 母 飯塚容訳 集英社 2005 ISBN:978-408773430

☆こういう記事も!
高行健の受賞は大陸当局に不都合
【総合】 2000/10/13(金) 16:06
  ≪多維新聞13日電≫フランスに住む高行健が華人として初のノーベル文学賞を受賞したが、大陸当局は沈黙を守っている。

  北京外交筋によると、高行健の受賞は大陸当局にとっては都合が悪いことである、という。1987年、高行健が中国を離れる決意をして以来、フランスにずっと住み続け、しかも彼の作品には中国国内では当局から批判を受けており、発禁されるものまであるからだ。

  また、1989年にダライラマがノーベル平和賞を受賞した時にも、ノーベル賞選定機関と中国政府の間には摩擦が生じており、今回も少なからずそれが影響しているものと思われる。中国政府は去年、魏京生や王丹に平和賞を受賞させないよう、ノーベル賞選定機関に警告を発している。そのとき、「もし彼らに受賞されるようなことがあっても中国政府は受け入れられない」と外交部スポークスマンが発言している。

  同じく海外に住む華人作家の蘇暁康は、高行健の今回の受賞は個人的な栄誉であり、全中国人とは関係ない、共産党体制下の大陸作品には価値がなく、五四運動以降の中国現代文学にもほとんどみるべきものはない、高行健が受賞できたのも海外に暮らし、東西文化をうまく交流させたからだ、と語っている。今回、高行健の受賞で中国政府がどのように対応するか、今後が注目される。



  中国には7人のノーベル賞受賞者がいるが、7人とも中国国籍をもってないと言う。
例えばダライ・ラマ。彼を中国人というならその7人に含む。

 高さんの戯曲は台湾では演劇上映されているという。

 YOU-TUBEのおかげで今年の高さんの中国語のインタビューが聞けた。
たくさんあるようだ。
中国語は聞き取れないが、高さんはとても品格のあるいい方に見えた。

 フランスはさすがだ。文化の国は高さんを受け入れた。

 高さんは通訳や翻訳ができるほどフランス語が堪能だったから、フランスとの相性も良かっただろうが。

☆彼の絵の作品を観たいと思って検索してたら香港で個展をしている最中だとか!
高行健個人展
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高行健憑小說《靈山》及《一個人的聖經》等著作,令他成為了首位獲得諾貝爾文學獎的中文作家

高行健憑小說《靈山》及《一個人的聖經》等著作,令他成為了首位獲得諾貝爾文學獎的中文作家
文字以外,高行健亦善於運用水墨畫出與傳統國畫不同的意象

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2010-04-20

作家以具象的眼光看世界,而畫家通常以抽象的視角審視萬物。雖然同樣都握著一支筆,但筆下的世界或許是天差地別的。而有一個人,卻好像能將兩支筆融合,而他就是諾貝爾文學獎得主高行健。

華裔法國小說家高行健生於江西贛州,父親是一名職員,而母親曾做過抗日劇團的演員。在母親的影響下,他從小就對戲劇,寫作以及塗鴉產生了濃厚的興趣。中學時,他師從鄆宗嬴先生學習畫畫,其後從北京外國語大學法語系畢業。在之後的日子裡,高行健編寫了《車站》等眾多話劇,但其中不少都在大陸禁演。 1988年,高行健定居法國,並在六四事件後退出了中國共產黨。2000年,因小說《靈山》及《一個人的聖經》等著作,他成為了首位獲得諾貝爾文學獎的中文作家。

雖然文字是人們首先熟識高行健的藝術載體,但因其豐富的人生經歷與獨特的創作風格,亦成就了他獨一無二的美學觀。他善於運用水墨畫出與傳統國畫不同的意象,而這通常都是他對於直覺和感覺的直觀體現。

這個五月,高行健將拋開文字,用另外一種形式,直觀地告訴你他眼裡的另外一種世界。
展覽資訊:

日期:2010年5月8日(星期六)至27日(星期四)
時間:週一至週五:10:00am-7:00pm
週六:11:00am-3:00pm
周日及公眾假期:請提前預約
地點:iPRECIATION Hong Kong (誰先覺香港)
免費入場
 いくらなんでも5月27日まででは無理ですわ。
いつか見れるでしょう!

「ある男の聖書」を検索中にこういう文章も出てきました。
☆おまえは、おまえ自身のために、この本を書いている。この逃亡の書、お前の個人的な聖書を。おまえは、おまえ自身の神であり、使徒でもある。おまえは他人のために自分を捨てることをしないのだから、おまえのために身を捨てることを他人に求めるわけにはいかない。これほど公平なことはないだろう。幸福は誰もが欲している。どうして、すべての幸福がおまえに帰することがあろう?この世の幸福はもともと多くないということを知るべきだ。
- 高行健 『ある男の聖書』 -



写真 作者の自伝的作品。文化大革命の記憶を中心に、過去と現在を織り交ぜながら描く
 小説の骨格をなしているのは文化大革命であるが、文革をテーマにした作品というと『ワイルド・スワン』や『芙蓉鎮』を読んだ/見たことがある。しかしこの作品はそれらとはだいぶ雰囲気が違っている。『ワイルド・スワン』は作者が(比較的安全な立場である)共産党の高級幹部の娘ということもあって、どちらかというと祝祭的な雰囲気に、また割とジャーナリスティックに、文革の時代が描かれている。『芙蓉鎮』は悲劇ではあるものの「受難の時代のラブストーリー」に重点が置かれている。それに対してこの作品は本当に庶民的な視点から描かれているのが特徴的である。まさに「やらなければ自分がやられる」という嵐の中を、いかに戦い自分の身を守り抜いたか、ということが語られている。単なる歴史的事実ではなく、それを戦い生き抜いた人の生々しい記憶であり、今までおぼろげにしか見えていなかった文革の一面を知ることができたと思う。文革に興味があっても無くても、非常に興味深い作品である。
 だがこの作品の本当の主題は文革の記憶ではなく、むしろ現在の自分(おまえ)にある
 この作品で非常に特徴的なのが、過去(彼)と現在(おまえ)を人称を変えながら交互に積み上げていくという手法である。この文体は初めはなかなか面白いと思うのだが、読んで行くうちにそれが本当に必要なことなのか疑問がわいてくる。アイデアで勝負するような短い小説ならともかく、長い小説でもあるし、このような物珍しそうな手法で目を引く必要があるのか?と。
しかし最後まで読むとなぜこのような手法を取ったのか納得がいくと思う。交互に語られる過去と現在の時間が進み、最後にそれらの時間が交わったとき、二つの物語が一つになり、一人の人間「おまえ」になる。文革の記憶も、悪政の告発や過去の苦難の告白ではなく、「おまえ」の切り離すことのできない一部であるということがわかるのである。そこに至るまでは少々長いのだが、その価値は十分あるだろう。
 文庫にもなっていないし、ノーベル文学賞を取ったわりに認知度は低いのかもしれないが、文革の記録としても、そうではない普通の小説としても十分に読み応えがある作品だと思う。


 おまえは仏でもないし、三身六面,七十二の化相を持つ菩薩でもない。音楽と数学と仏教は、いずれも無から有を生じるものだ。ことばでは表せない自然界の万物から、抽象的に数の概念を生み出し、抽象的に音階,調子、リズムの組み合わせと変化を生み出し、抽象的に仏や神を生み出し、抽象的に美を生み出した。いずれも自然の状態では手に入らない。おまえの自我も同じく、無から有を生じたものだった。あると言えばあるし、ないと言えばほかと区別がつかなくなってしまう。おまえが努力して作り上げた自我は、本当に独特なものなのか?そもそも、おまえに自我はあるのか?おまえは無限の因果の中で苦しんでいる。だが、その因果はどこにあるのか?因果は煩悩と同じで、おまえが作り出したものだ。もう、自我など作る必要は無い。まして無から有を生じさせ、いわゆるアイデンティティーをさがし求める必要はない。むしろ生命の根源,活気あふれる、いまこのときに戻ったほうがいい。永遠なのはいまこのときだけで、おまえは自分を意識するからこそ存在するのだ。そうでなければ、何ひとつわからなくなってしまう。いまこのときを生き、晩秋の柔らかい日差しを浴びよう!
- 高行健 『ある男の聖書』 -

→Amazon  

 現代中国では、高さんの戯曲も出版されているという。

中国では亡命作家・高行健の作品は一時発禁となったが、人民日報はノーベル受賞のニュースと略歴を報道した。
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