Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

晴れ!-1度から7度!雪で朽ちた庭!

 寒さには参っている!

 日本と世界の多くの課題。

 経済的には日本はどんどん厳しい状況にある。

 私の分野でも、
 美術の画材店はこの10年で随分クロ-ズされたし、出版界も厳しく、絵本1000冊売るのが大変だと言う。

 女性と男性の労働条件格差は世界の100何位の未開日本。

 娘のいた研究室で、女性研究者が41歳で自殺していた。

 娘が昨晩、一言。

 「生きてて良かった。」

 小学生、中学生と同じ虐めの構造が一見、知識人であり教養人お集まりの場で起きていて、死者の家族の出版物や同じ状況にある人たちのツイッターが地味で真摯に生きた研究者を痛み同情する声で炎上していた。

 虐めで自殺者が出れば、ネットで加害者の名前、顔写真、家族背景まで曝される時代である。

 誰も本当の意味で他人の状況も他人の地獄は見えない。

 周囲に自殺する人がいれば、私たち普通の人間は苦しむ。何かできなかったかと考える。

 なぜ?

 加害者達は人の苦しみが楽しいのが?

 加害者達はどうにも這い上がれない心の闇を弱い女性や自分にはない努力する姿勢や培ってきた非凡な功績を潰さずにはいられないほど不幸なのだ。

 それで、心を病む迄追い込む大人の虐め。

 日本は幸福度の低い国であると世界に評価された。

 「雉も鳴かずば打たれまい。」

 日本人は他国に比べて、嫉妬深い国民だと思う。

 優れた才能を拍手する裏で足を引っ張る為の裏工作で、地獄に突き落とされるのはざらだ。

 山ほど観てきた光景だ。

 自分が輝き、のし上がる為に他人の生きる場所を塞ぎ、上手に殺すのだ。


 若い時によく言われた。

 「殺されちゃうよ。」

 次に社会に出たての私に、「自分より秀でたら、殺されるのが世の中の仕組みだよ。」と教えてくれた大人がいた。

 あなたも素敵!私も頑張る。皆がそれぞれの美を咲かせれば良いではないかと思う私に、

「甘いよ!」
とすごむ男も、

「結婚するんじゃないよ。」
と平手打ちする女も、家までとっぜん来て、

「お上がり為さいな。」
とドアを開けた私に、殴る蹴るをする女もいた。

 たかが、お絵かきでないの?

 私はそう思った。


 大の男が結婚もせずに、栄養失調になるまで奉仕して集めた女の資料を横取りして、本を出版し「愛」だの「誠実」だの言って、テレビに出て、その道の第1人者になるのを観た。

 日本奴隷化政策が進んでいると言われるが、人間の多くの本性は、他人を奴隷にして楽をしたいというものだ。

 大学のクラブ活動で集めたお金を(講演会を主催して、1枚1000円で売ったもの)何も働かず手が空だった同期は「その売り上げを横領しよう。」とよってきて、驚いた私は赤羽の工場に通い、そのバイト料を渡した。

 狭い校内でその人間を無視したら、虐め体質の人間は何をするかわからない事が容易に想像できたからだ。

 まだ、10代の頃、クラブ活動でであった国立大学の学生から金銭を揺すられた。去ろうとすると「差別だ。」と凄まれ、漸く解放されたのは、大学を卒業した頃だ。

 宗教家も福祉家も、他人のただ労働と金銭の寄付を要求して、拒めば「人間でない。」と、恐喝する。

 そう言えば、出版社もタダ働きさせて、多くのベストセラーを生ませたが、彼は死ぬまで一言も私の働きを言わなかった。

 良い奴隷だったわけだが、私が去ると倒産して、障害者使って(私が情に脆いことをしっている)助けてくれといってきたが、流石のおひとよしの私ももう、顔を見るのも嫌だった。

 その出版社社長は10代から70代の男性に当時20代後半だった女性の私の電話番号をばらまき、その男性達は強姦かタダ働きさせるか、お金を巻き上げるかの目的で、朝から夜中まで電話か突然訪問するのである。

 人を分け隔てしてはいけない。
 誰にも同じように奉仕をしよう。

 と言うキリスト教徒の考えを逆手に取って、普通の人が嫌がるであろう人達に何か期待させる唆しをしていたようで、母親が気味がるほどの精神障害者や暇な学生から電話があり、初めてあった大学生達は自分達が飲み食いしたレシ-トを初対面の私に突き出して払えと言うので驚きましたが、そう言う風に大学生達に唆していたのでしょうね。

 それが毎日のことで、母親が私に、タダ働きをさせようと電話をしてきた出版社社長に「娘を食い物にしないで。」と泣いてお願いしてましたが、聞き入れず、勝手に講演などのスケジュールを入れて、多く人に期待させるので私が行かなければ、不誠実の汚名を被るのは私と言う仕組み。


 私もそれで32歳の頃は、ほぼ殺されていたのです。

 もはや、諦めの境地にいた時に救ってくれたのは内田秀男工学博士で(オ-ラ-測定器発明の)ロ-マの国際会議「宗教と科学」でご一緒で、内田秀夫先生のロ-マでの講演が日本からの妨害で急遽ダメになり、ドイツから通訳として駆けつけた息子さんと日本からご一緒だった奥様と食事を幾度もご一緒したのですが、野心家の日本人に私も妨害され困っていたので、帰国後、手紙で私がその取り囲みから脱出しなければいけないと言うアドバイスをして下さり、帰国して結婚をすることの罪悪感を拭ってくれたのでした。

 私はそれで、結婚し、画業を再開し悪夢、地獄のような奴隷から脱出できたのでした。

 マインドコントロールでしたか、罪悪感を植え付けるのですよ。

 困っている人達を見捨てて良いのかと。

 勉強しない大学生達を次から次へと送ってきて、世話しろと言うのですが、皆、男性で私が語学学校に行くのも足を引っ張るような性格で、別にア-トに興味があるわけでなく、なぜ、この学生達の世話をしなければならないのかわかりませんでしたが、今、思うと「虐め」だった気がします。
 
 画家で女性が親の仕送りでパリに行った時、日本で個展を10回くらいして1980年度のカレンダーを京都印刷が作ってくれたので、パリに持ち込むことができ、カトリックセンターのバザールで売って売り上げを全額寄付して、前向かって進めるところに、日本からの大学生達がロンドンやジュネーブで成功するはずだったのに、パリに来て、家がないと住み込んできたのでした。

 パリのカトリック・センターで多くの日本人がお金もなく家もないと、フランス人神父の妹の家に住み込ませ助けていたのです。

 それで、日本から来た顔見知りの大学生達を神父の妹の家にお願いするのは申し訳ないと、自分の二部屋のアパートに入れたのですが、自分だけご飯食べるわけにはいかず、振る舞っているうちに常識とか生き方を教えるのに手一杯で自分の仕事(お絵かき)はできず、しかし、美術館をたくさん訪問できたので好しとしてますが、それを観て、お金の無心をする日本人もいて、最後は病気で寝込んだ私のアパートをその大学生達が乗っ取り、病人の私が熱のあるなか追い出され、友人の日本女性がトランクをホテルに運ぶのをホテル手伝ってくれ、病が回復するまでホテルにいて、回復してホテルからアパートを観に行くと、階下のボザ-ルの画家が乗っ取りの日本人大学生達を追い出してくれていて、無事帰って来れたのでした。

 しかし、よほど悪意のある出版社社長でなければ、縁もゆかりもない大学生達を私に世話しろと寄越したりはしないでしょうね。


 私はそれでも、少しでも良い人間になって貰いたいと見捨てはしなかったのですよ。


 今は雨が降ってます。

 過去作品の写真をチェックして、いろいろ反省の毎日ですが、こうゆう寒い日には地獄の日を思い出します。











 選べる花のギフトカードを選んだ。
自殺した女性研究者に送ろう!



 そろそろ再開しないと!




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