Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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2006年10月10日から始まったプログ!Ruiico is here.とだけ書いてある。



今、届いたポピー。
寒地は春4月5月に蒔けとのこと!

節約グッズ「ちふれ」の口紅も愛用!




 2006年、12月8日に出版した「マリア,コード」。



 2007年4月8日浅草橋「まめまつり」富士豆本
 2007年4月20日
 pure aquaさんに呼ばれて
 浅間神社
 4月22日「アースデイ」
 4月24日自由が丘のsoft breezeさんから「オーラソーマのコーラルピンクとタコーズブルー」のボトルを買う。
❇❇❇
 その日のプログのコピー
自由が丘の街を楽しんでますと、恐妻で有名な「カイヤ」のかわいらしいお店がありました。かわいいワーゲンにもお花や名前がプリントされ、中を覗いていると本人が現れ、「ヨガとべリーダンスと英語を教えているので来て!」と言われました。チラシには息子さんのケイトの名もありました。アメリカ的に高校生でもバイトをさせているのでしょう。「では、お友達に知らせるわ。」と言ったら、「もう1枚チラシを持ってくる。」といったので、「ああ、これで十分です。」と言って、「又ね。」と挨拶して私は都立大学駅のギャラリー「グラナダ」に向かいました。「ダンテの神曲」を発表したスペイン・イタリア・南米の小物を扱ってる貿易会社です。オーナーの河村さんと7月のグループ展のお話や8月のインスタレーションのお話をしました。
 グループ展中に彼女は私にオレンジと金色の十字架のスコットアイランドのアタッチという刺繍のブック・マークを編んでくれました。彼女の慈しみで多くのアーティストが育ってます。アーテイストは人の愛を沢山注がれて育つので同じ系列の銀座みゆき通りのギャラリーGKでの7月のグループ展に私も力を与えられたのです。


 「ダンテの神曲」煉獄編の部分。珊瑚ピンクの桜とタコーズの薔薇が見えます。


 それから、すぐ近くのアポイントをとってあった美容院「ジャネイロ」に行きました。


 私は美容院嫌いで長時間いるのが苦痛なのです。
しかし、飾ってるある聖母マリア像のお蔭で居心地がいいのです。おトイレの中にも聖母像が手を広げていらっしゃるのでちょっといいのかしらとも思いましたが、私たちの全生活を肯定してくださっているのですから悪いはずはありません。

 マリア様は、メキシコに御出現なさったときは肌の色も浅黒く、出現する場所によってヘヤ・スタイルも違うのだと話ますと偉く感心されて「成程。成程。」と納得していました。オーナーさんがマリア・コレクションされているので働かれている美容師さんもよくマリア様のことをご存知でした。

 家に帰って、ハンバーグと蟹のクリームコロッケ、水菜ときゅうりのサラダと若布大根の酢のものを戴きました。ご飯は黒米の小豆飯です。主人が帰ってきたので「カイヤに遭ったわよ!」と話ますと「君に似てるよ。鍵を変えて旦那を家に入れなくしたんだってさ!」と申しましたので、日頃脅かしてはいるのですが、現実には鍵を変えたことも追い出したこともない私としては、カイヤの迫力にはやはり負けてると思った1日でした。大きいしね。プロレスやってるからパワーが凄いの!
4月24日
昨年の12月26日に行った北軽井沢のドーム・パラダイスに明日から2泊3日行くことになりました。
夏の8月10日(波動の日)、11日、12日までの3日間の打ち合わせに行く為です。イヴェントは土、日の11日から12日までの蚊帳の中のSleep Overです。蚊帳といってもただの蚊帳ではなくInvisible flying Churchです。目に見えない大きな教会の中に人類は皆いる。それを象徴して5メートル幅7メートル奥行きの生成りの麻のアジアンティックな蚊帳の中で眠るのです。平和の祈りのためです。
 この蚊帳はかつて2001年4月、ボストン美術館のスクールで展示する際、防炎防水の加工がしてないと展示を拒否され、(それも直前になって!前年の10月から公けに日本に蚊帳のオーダーに帰るといったのにもかかわらず)インスタレーションの時を待ってたのです。


 幸いか不幸か「祈り」はさらに必要になりました。
そして、みお&ゆきさんのドーム・パラダイスの好意でインスタレーションが可能になったのです。ペンションも3日間予約しました。安価な特別便のバスも用意する予定です。(今日、お掃除隊で一緒だったおたえちゃんからアドバイスを沢山戴きました。)

 蚊帳はまだ広げてみたことがありません。巨大な蚊帳なので軽井沢の緑の中でどのように映えるか楽しみです。
その詩は「マリア・コード」(たま出版)の中にあります。9.11とシンクロした詩です。


 お昼!







 ヘアダイをしてお風呂から出て、庭の洗濯物を取り込もうとして、ドアを開けたら、カモシカがいた!
 さっき、防災ラジオで熊の目撃者がたくさんいるので、用心するようにとのこと。

🔑2007年4月28日のプログ。
 蚊帳教会のイヴェントのため、北軽井沢を訪ねた。

ドーム・パラダイスの2日目。
 明け方4時頃ばら色の空が天窓から見えました。天使たちが踊っているような軽やかな夜明けの空気の細波が流れてました。
 朝食はない。毒だしジュースを戴く。みおさんは健康な2食主義。
 お昼はみおさんお薦めのレストラン「パンカーラ」へ3人で。「パンカーラ」はアイラマ語で「花」の意味だそうです。アイラマ語は、ペルーとボリビアの境にあるチチカカ周辺の先住民族「アイラマ族」の言葉だそうです。大の大人のカップルが4人で共同生活をし共同でレストランを経営している。テレビにほ報道され、本にも紹介されてるお店。
ペルー料理をオーダーし経営者の男2人がペルーの楽器で演奏。ペルー音楽がなんとなく懐かしいのは血が一緒だからなのだろう。

 ドームに帰って、「いやしろち」といわれるドーム所有のスペースを見に行った。800坪の敷地は川の流れに近く道路も作られている。木々が若葉が空を埋める夏には風景も違うだろうが私も生成りの麻の蚊帳になんと写りのいい場所なのだろう。広さも景色もそのインスタレーションの為に用意されたとしか思えない! 

 天然記念物のカモシカや狐やリスや遊びに来るそうである。夜は真っ暗とのことなので素敵な照明を考えたらどんなにか私たちの平和の祈りがこだまするのがみえるだろう?
いよいよ楽しみが募ってきた! みおさん、神様ありがとう!

 夜は美味しい古米ご飯に山の幸、野の幸。
 みおさんのクリスタル・ボールをお願いして風呂上りにパジャマのまま横になりました。
 
 目をつぶり、予測できない音がデリケートな振動を自分にひとつづ入っていきます。どの音もそれぞれの水晶の持つ透明さが脳にまっすぐ入っていって自分の許容範囲の壁を打ち破ってるようでした。時には耳をふさぎたくなるほどの大きな刺激もありました。それでも耐えられる自分発見。そうこうしている内に音は静まったのですが、音も香りも色も体に話かけるのですねえと最近の学習のまとめです。

 みおさんいわく、50数回の演奏の中で一倍よい音が出たとのことで、それは私の持っている状態との呼応とのことです。私は絵を描くとき下書きはほとんどしないのですが、ここにこの色でなければいけないし、あそこにこの線でなければいけない絶対的な1点の厳密さがその作品の完成度を決めると思うのですが、多分現代音楽や即興ジャズなどと同じようにみおさんの腕がクリスタル・ボールを最もいいときに最も適切なボールを敲かれるのでしょうね。とにかく良い贈り物でした。

 私は重慶旅行の予習として簡易に書かれている「三国志」を日々読んでいるのですが、あまりにも複雑で進まないのです。同じような名前が多く何度読んでも頭に入らないのです。それで、少し読んで寝ました。

🔑2007年5月1日
友人のmuramuraが珠珠ちゃんをつけてる私をみて似ているのを持ってるといって持ってきてくれたネックレス。土曜日はバスケット・クラスなのですが2人とも「今日はさぼっておしゃべり!」とお茶することにしました。北軽井サワから帰って疲れが出てたのですが真面目?にスペイン語に行きました。友も来週の土曜日からバスケットのあと二人で「Lovely Coffins」の仏訳と西訳をしようと相談!無謀なのですけれど自分の力になるものね。

 スタジオも先週から掃除せずそのままだったのですが、いい香りがするし自分的にはほっとするスペース。
テーブル・クロスを洗い、少し片付けようと立ち寄りました。私の好きなものはバスケットと帆立貝や巻貝。ボストン時代の友のトール・ペインティングの先生をしている内藤さんからのお手づくりの贈り物の星型のなべ敷きも帆立貝。セージの箱は奥沢のケイシーのお店で買いました。

 トイレの中の右側の木の箱は私が焼きごてでバスケットを彫ったものです。
ここを掃除して、自分の家に戻りました。

 自分の家のトイレの窓の帆立貝はナンタケット島で拾ったもの。左から2番目のガラス瓶の上の赤い蝋燭の巻貝は「天使ビル」で買ったものです。こうしてモノがどんどん増え続けるのです。でも、海の思い出は潮風の匂いのまだする大きな巻貝の中にもまだ残ってる。
 今日「富士コノハナサクヤヒメ」の文章を書いていたら、息子のヤマサチは竹の籠船に乗って、無くしたウミサチの釣り針を探しに、海深く海神の城に行ったそうです。それで、海のことが気になったのでしょうか?籠と海もつながってるんですねえ。

もう、初夏ですねぇ。

 今日はお仕事で、写真の整理をしていたら雪の中の陶で作ったマリア様の写真が出てきました。
5月はマリア様の月、お恵みを戴いて前進しましょ。

🔑2007年5月7日

Survival as artist! アーティストとしていかに生き残るか?
 「アーティストとして、いかにに生き残るか?」の授業をアメリカ、ボストン美術館付属スクールで受講したのはとても有意義でした。

 世界中、アーティストは貧しいのが定番です。
 私も家を建てたいとか贅沢をしたいとか考えたことはないのですが、一生描き続けたいと思っているのです。その最低限度の材料費と描くスペースを確保したいと思うのです。

 しかし、それが大変なことなのですよ。
 名を残す偉大な画家でも、タバコの銀紙に描いていた(描く紙が無くて)アジアの画家や、
アンリ・ルソーでも描いては削って、画材ショップに売っていたというのです。絵が描かれてるのより白いキャンバスのほうが商売になったというのです。

 私も毎日、どう画材費を捻出するかが課題な貧乏アーティストなのですが、絵の世界では私より困窮しているのはザラですから普通の人並みの生活を送られている人からは考えられないことが沢山あります。

 豆本など3ミリちかくまでは紙の破片を捨てません。ちゃんと使うのです。また、大抵の作品は弄っているうちになんとかなるので反古はほとんど出しません。もっとも家族は誰もそれが傑作とは思ってないわけで、ガラクタといわれてます。

 それにもメゲナイ根性と自惚れがないと続けられません。
つまり、アーティストとして生き残る必須の感性は図太いことかもしれません。

「富士コノハナサクヤヒメ物語」

 ようやく「富士コノハナサクヤヒメ絵本」の原稿が書き終わりました。
多摩川園前に浅間神社があって、やはりコノハナサクヤヒメが祭られているそうです。
晴れわたる5月の午後に出かけると、9つの古墳のある多摩川台公園の入り口に浅間神社を発見しました。前に白金のギャラリー「くれあ」のオーナーに聞いたことがあります。

 私の英語教師のオ-ストラリア人のティム君が「富士コノハナサクヤ姫物語」を気に入って是非翻訳したいとのことで早速、日本文原稿10枚を渡してきました。絵は墨絵の色紙と貼り絵の色紙を20枚ほど描きましたが、さらに明日から行く中国の重慶で墨絵を見て新作を作りたいと思ってます。


 ギャラリーG2企画の富士展で、今、新しい作品がアルメニアにいってるのですが、
昨年夏に、ロシアでの「富士展」に誘われたとき、なんといっても、富士山は北斎の赤富士、土牛の富士山、横山大観の富士山と名作ぞろいですから、私が描くことについて考え込んだものでした。

 私にしかできない富士山があるはず!そのとき閃いたのが「コノハナサクヤヒメ物語」でした。桜と富士山は私には縁があるのです。
若い時、「易カルタで天の声を聴く」の原稿を日本経済新聞の文化欄に載せられたとき、私の原稿の右に奥村土牛の富士山の写真があったのです。此花画廊の池田清子オーナーはそれをとても喜んでくれたものです。

 それで、昨年7月に絵巻で「富士コノハナサクヤヒメ物語」を描いてみました。

巻物を巻いた時


「富士コノハナサクヤヒメ絵巻」


 富士山バスケットはほとんど球体ですが、ある一方が富士山のように突き出てます。
開けると、バスケットですからクッション入りの籠になっていて、小さな地球が入るようになってます。富士山バスケットの表面は花や葉のほか、恐竜や動物、生物が縫いこまれてます。
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