Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

1986年、パリ!38歳!夢のようなことの起きるパリ!

 アルバムを開いたら蘇る思い出!

 パリに着いたのは4月2日。
娘はまだ1歳!
日曜日、不思議なメダイの教会に行きました!

 郊外の住んでいた街の駅。
Noisy-Ie-Grandの駅!

 住んでいたアパート!
「昔々のおうち」と言う名のアパート群です!

 4月は、アリアンセでフランス語を学び、5月からは、9時から3時までユ-ロ-と言う語学学校に通うことでVISAを取り、9月まで通いました。

 前後2カ月は滞在できるので10月に個展をして帰ってきました。
 朝、7時半にアパ-トを出て、バス、郊外電車、地下鉄でビクトル・ユ-ゴ通りの日本人幼稚園に子供を送り、ドルフィン通りの学校までは(他に方便がない)タクシ-で9時に始まる授業に間に合わせ、3時に終わると、幼稚園に子供を迎えに行き、外食したりお惣菜を買って帰ると、アパートに帰る頃は夕焼けがきれいで、神様が慈しんでくれてるような心地よい疲労がありました。
 食事、洗濯、子供と遊び、お風呂に入って、二人で9時に寝るのです。
 朝は、私は4時に起きてフランス語の宿題をします。7時に子供を起こし、食事、着替えをして、バスに乗り、駅に向かい、満員電車に乗ってパリに向かうのです。

若いからできたのですね。

 二歳児の子供の知恵で、水曜日になると、パリに着くと「幼稚園に行きたくない。」と言うので、二人で動物園に行きます。
 土曜日、日曜日は休みなので、やはり動物園か遊園地に行くのです。

 一度、早めのレストランで私が倒れて、救急車をよばれたことがありました。強制送還されたら大変ですから、「少し休めば治りますからと。」帰って貰い、近くのホテルに泊まりました。
 満員電車で倒れそうになるときは、私は右手で自分のほおを思い切りぴしゃりと叩きました。
 こんなに小さな子供を連れて母親たるもの倒れるわけにはいかないのです。

 秋になると、制作、翻訳が入るので更に体力が負担になり、日本からの電話に這いずって出るほど、ギリギリでした。


 週に2度、動物園に行ってました。

 フランス語習っている間、ルクセンブルク公園の中の託児所に預けてました。

 2歳児って同じ年齢の子供とアイコンタクトをとって、仲良くなるんですよ。


 モンサンミッシェル!


 動物園!

 バルビゾン!

 イタリア大使のおうちに呼ばれて!

 パリのおうち。

 毎日、母子でコ-ディネ-ト大変!パリでは見た目がたいせつとアドバイス受けていたので。


 ベルサイユ宮殿!
 夏休みなので、主人が来たので撮影してくれた。

 微笑ましい光景!


 モネの常宿ホテル!
 オンフルール!

 動物園!

 遊園地!

 個展!

 日本でフランス語習っていた上智大学教授の奧さんの家族もリヨンから来て下さいました!「ずいぶん、フランス語が上手になった!」と言われた!

 植物園。

 青山マミさんにフランス語の翻訳を頼んだ。

 パリユネスコの人が百人一首を買ってくれ、おうちに招待された。

個展!
 仕事のオファ-がたくさん来た。
しかし、姑が個展が終わったら直ちに帰るようにと言った。

 レジョンドヌ-ル賞を受賞された画家(左)とイスラエルから来ていた画家(右)。たった10日間の開催中、3度もきてくれ、家に招いて下さり、テレアビブの個展も企画してくれました(湾岸戦争で断る)。







Subscribe
  • Post a new comment

    Error

    default userpic
    When you submit the form an invisible reCAPTCHA check will be performed.
    You must follow the Privacy Policy and Google Terms of use.
  • 0 comments