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忘年会と胡桃のペンダント!

 昨日は藤沢で忘年会。
 3時半から7時までだったので、定時に彦坂アトリエを出て五反田駅が4階にある東急に着いたのが9時10分前で、急いで5階の好きなお店によって、買ったのがこのペンダント!




赤と白のまち針と赤い糸が入ってました!

☆本当は渋谷に行ってそれから田園都市線に乗って中央林間駅から小田急で藤沢駅前で日大六合駅に向かうつもりだったのですが、時間が中途半端だったので12時半頃に五反田駅から池上線で旗の台に行って、大井町線で多摩川まで行き、田園都市線に乗り換えて中央林間まで行ったのでした。

 もちろんもっと楽な行き方がたくさんあるのです。品川から東海道線で藤沢に行って小田急に乗り換えてもいいのです。

 しかし、私は節約をしているのです。
 東急線の無料切符を持っている私は中央林間までは無料で行けるのです。
その間、電車でジェームス・アレンの「輝ける人生」をしっかりと読み続けました。

 急行が上手に着たおかげで早めに中央林間駅に着いた私は、駅の2階の寿司屋でおやつ代わりに鉄火巻きとウニを巻いてもらい、カウンターで食べながら、お土産のお寿司を5人前頼みました。

 家にあったワインを2本持ってきたのですが、ミサワインとか主人に言わせれば古いということなので、それだけでは「やはりね。」と思ったからです。

 それでちょうどよく、日大六合駅だかに着いて、道も知っているので歩いてアトリエまで行きました。
重いと言えば重かったのですが、多少の運動は訓練で鍛えてなければならないので10分ほど歩いたでしょうか?

☆「ラカン」読書会をしてまして、1人の人がラカンの書を読むのを同じ円卓に囲んで聴くのでした。

内容(「BOOK」データベースより)
本書では、フロイト精神分析理論の根幹をなす「象徴界」「想像界」「現実界」という区分に沿って対象を捉えることで、欲望の形成と対象の成立がどのように関わるのかについて考察。エディプス・コンプレックスや去勢コンプレックスなど、必ずしも十分理解されていないフロイトの概念について平易に解説。「対象 a」という中後期ラカン理論における最重要概念を理解する上で必須の前提となる議論を展開。下巻では、フロイトのいわゆる「ハンス症例」、すなわち「ある 5歳児の恐怖症分析」を取り上げ、上巻の議論が幼児期神経症の力動の中でどのように捉えられるのかを詳述する。
内容(「MARC」データベースより)
フロイトの「ハンス症例」、すなわち「ある5歳児の恐怖症分析」を例に、欲望の形成と対象の成立に関する議論が幼児期神経症の力動の中でどのように捉えられるかを詳述する。中期ラカンへつながる中核的考察。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ラカン,ジャック
1901‐1981。フランスの精神分析家。パリに生まれ、パリ大学で精神医学を修め、主にパラノイアを研究。第二次大戦後、フロイト理論をラディカルに展開し、有名な「鏡像段階論」をはじめとする自我や無意識の構造主義的探求によって、精神の科学に新たなる地平を拓いた。1964年にはパリ・フロイト派を創設し、その後のフランス精神分析の隆盛に決定的な役割を果たす。その思想活動は哲学・社会学・文学・言語論・記号論などにも広範な影響を及ぼした

小出 浩之
1943年生まれ。精神科医。岐阜大学大学院医学系研究科・精神病理学分野教授

鈴木 國文
1952年生まれ。精神科医。名古屋大学医学部保健学科教授、同大学学生相談総合センター長

菅原 誠一
1970年生まれ。精神科医。国立病院機構東尾張病院勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

☆この本だったと思います。
 女性が自分にない男性性器に対してごく初期に感じる感情についての朗読でした。

 パラノイアを研究と言うのはちょっと興味が出てきたので他の代表作を買ってもいいかなと思いました。「エクリ」がいいそうです。

☆読書会の終わるまで玄関で待っていた方も多かったようで、4時過ぎからテーブルを囲んでワインやビールや比比奈ちゃんの作ったお料理を食べて歓談に入りました。

 なんといっても立派な大きなアトリエ。
 そして比比奈ちゃんの700号の大作もできあがりお披露目で彼女のファンも駆けつけているのでした。

 彦坂尚嘉さんのブログに登場する方も多くお見えになっていて、ようやく顔と作品とお名前が一致して
より濃いお話ができました。

☆やはり最近自死された方のことや、昔の田村画廊と真木画廊の展示記録があって、自分の名前も2か所に発見しました。

 トキワ画廊の大村さんも元気で集会も1月に1度もたられていらっしゃるとかでお会いしたいなと思いました。

 彦坂尚嘉さんの作品のコレクターの方もいらしてましたね。

 アーティストや写真家や建築家など。

 私も1月下旬にグループ展に誘われているので、そのパンフレットをみなさんにお渡しすることができて良かったです!

☆7時にお二人の方と一緒にアトリエを出たのですが、ほかの方はこれからかもしれませんね。
 本当は玉川高島屋に寄りたかったんですけど、たぶん閉まっているかもと思ったので、
 中央林間まで行って、東急の田園都市線に乗って旗の台まで行ったのかな?そうやって、読書をしながら節約して帰ってきたのでした。

 さすがに眠くなりました。

☆黒のとっくりセーターを着ていたので、何かペンダントがあるといいなと思っていたので、「胡桃のお針セット入りペンダント」を自分へのお疲れ様に買ったのです。

☆今、ラカンに興味を持ったので、「生涯」と「エクリ」をⅠ、Ⅱ、Ⅲと買いました。
う~ん、結構高いんですよ。新品を買ったので4冊で30000円出たかな?

 しかし、今週は黒姫に行かないです。
 今週の金曜日にクレアで「プライド」、来週の火曜日に帝劇で「モーツアルト」があるのでそれが観たい。

 そして大掃除を毎日してます。

☆私は「倹約」に興味を持っていて、磯田道史著の「武士の家計簿」を今から読むところです。

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東京・九段の靖国神社に立つ「大村益次郎」像の建立に力があったのは、加賀前田家の「猪山成之(しげゆき)」という一介のソロバン侍だった。幕末の天才軍略家と一藩の会計係の間に、どのような接点があったのか。「百姓」から軍略の才一つで新政府の兵部大輔に上りつめた大村と、ソロバン一つで下級武士から150石取りの上士にまで出世した成之の出会いは、いかにも明治維新を象徴する出来事だが、著者は偶然発見した「金沢藩猪山家文書」から、その背景をみごとに読み解いている。

猪山家は代々、金沢藩の経理業務にたずさわる「御算用家」だった。能力がなくても先祖の威光で身分と報禄を保証される直参の上士と違い、「およそ武士からぬ技術」のソロバンで奉公する猪山家は陪臣身分で報禄も低かった。5代目市進が前田家の御算用者に採用されて直参となるが、それでも報禄は「切米40俵」に過ぎなかった。しかし、120万石の大藩ともなると、武士のドンブリ勘定で経営できるものではない。猪山家が歴代かけて磨きあげた「筆算」技術は藩経営の中核に地歩を占めていく。

本書のタイトル「武士の家計簿」とは、6代綏之(やすゆき)から9代成之(しげゆき)までの4代にわたる出納帳のことである。日常の収支から冠婚葬祭の費用までを詳細に記録したものだが、ただの家計の書ではない。猪山家がそれと知らずに残したこの記録は、農工商の上に立つ武士の貧困と、能力が身分を凌駕していった幕末の実相を鮮明に見せてくれる。220ページ足らずとはいえ、壮大な歴史書である。(伊藤延司)
内容(「BOOK」データベースより)
「金沢藩士猪山家文書」という武家文書に、精巧な「家計簿」が例を見ない完全な姿で遺されていた。国史研究史上、初めての発見と言ってよい。タイム・カプセルの蓋を開けてみれば、金融破綻、地価下落、リストラ、教育問題…など、猪山家は現代の我々が直面する問題を全て経験ずみだった!活き活きと復元された武士の暮らしを通じて、江戸時代に対する通念が覆され、全く違った「日本の近代」が見えてくる。
著者からのコメント
著者からのコメント 2003/04/02
東京・神田の古書店で、加賀藩士がつけた「家計簿」が発見された。饅頭ひとつ買っても記録した詳細なものである。天保13年(1842)から明治12年(1879)年まで37年分が残されており、金沢城下の武士の暮らしぶりが手にとるようにわかる。
家計簿をつけたのは加賀藩御算用者(おさんようもの)・猪山直之。藩の経理係であり、将軍家から前田家輿入れした姫様のそろばん役を務めていた。仕事が経理であったため、自分の家でも緻密に家計簿をつけていたらしい。彼は、年収の2倍をこえる借金を抱え、年18%の高利に苦しんでいた。妻の実家に援助してもらい、お小遣いも現在の貨幣価値で5840円におさえられていた。しかし、天保13年に一念発起して家中の家財道具を売り払い、債権者と交渉して借金の整理に成功。「二度と借金地獄に落ちるまい」と、それ以後、家計簿をつけはじめた。
その後、猪山家は家運が急上昇。江戸時代の武士社会では、猪山家のようなソロバン役人は低く見られていたが、維新の動乱期になると、会計技術者は兵站係として重宝された。直之の子、猪山成之は明治政府の軍事指揮官・大村益次郎にヘッド・ハンティングされて兵部省入りし、のちに海軍主計となって東京に単身赴任する。その年収は現代の3600万円にもなった。一方、金沢に残された成之の従兄弟たちは政府に出仕できず、年収は150万円。明治士族の厳しい現実である。
本書では、なるべく、猪山家の人々の「声」を掲載することにした。幕末明治から大正にかけて、激動期を生きた家族の肖像写真をそのまま見て頂きたいと思ったからである。
あなたは猪山家の物語に何を想われるであろうか。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
磯田 道史
1970(昭和45)年岡山市生まれ。2002年慶応義塾大学文学研究科博士課程修了。博士(史学)。98年から03年まで、日本学術振興会特別研究員。国際日本文化研究センター共同研究員。現在、慶応義塾大学、宇都宮大学、大妻女子大学の非常勤講師を務める。専攻は日本社会経済史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

☆私の育った家庭も、嫁ぎ先も倹約家でそれは良かったと思います。
 たとえば、昨日のお昼は主人と山芋のとろろかけごはん。
 黒姫の生協で5キロ買った長芋を1本持って帰ったのです。
 長くて立派な山芋はそれでも4分の1は残っていたのでした。4分の1でも大変な量で普通に買った1本より大きいと思います。

 昨日の夕食は、自分で買って持って行ったお寿司なのでけっこう気兼ねなくたくさんいただけて夕食は家ではしなかったです。

 今日の朝食はご飯を炊いてあるので、野沢菜のお茶漬けです。粗食ですがおいしいです。

 家計簿はつけてませんが、1円を大事に使います。
 そして、楽しみを犠牲にもしません。

 これから、「武士の家計簿」を読んでよりお勉強しましょう。
 それで、それを姑に昨日渡しました。
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