Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

「武士の家計簿」から学ぶ!

p88.
猪山家では先祖祭祀に年間33,18匁、 (現在なら18万円相当)布施している。

猪山家では「家来給銀等」として年間155,48匁つかっている。正月と盆暮れには祝儀。

猪山直之のお小遣い年間僅か19匁(月約5840円)。

直之は家が100万石を担うエリート官僚。草履取りを連れて外出する身分。
しかし、家来の草履取りのほうが懐は豊かであった。

江戸時代は「圧倒的な勝ち組」を創らないような社会であった。権力・威信・経済力などが一手に握られない状態を社会学では「地位非一貫性」と言う。江戸時代は「地位非一貫性」の社会であった。

武家女性は、生涯にわたって、実家との絆が強い。お嫁にいって7年とか10年たつのに、実家の父と弟から「給料日のお小遣い」を毎年もらっていたのである。

夫と妻の財産はわれわれよりも明確にわかれていた。直之が「妻より借入」と書き込んだ箇所がある。妻のお駒の財産は、猪山家財産とは別会計になっており。夫婦であっても借金する形になっている。
たd、さすがに利子はとってない。

江戸時代の結婚はそれほど長く続くものではなく、寿命が短いからすぐ死別になる。その上離婚が多い。夫婦の財産はきっちり別になっていて、いつ離婚してもよいようになっていた。

宇和島藩士の結婚カップル56組を追跡すると、わずか3年で20組が離婚か死別していた。
江戸時代の結婚式には紺婚式は稀有。嫁は子供を持ってしっかり定着しないかぎり、いつ実家に帰るともしれない存在だった。
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