Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

お部屋の片づけを始めるとママの思い出が!

 ☆今日は、外に出ずマリン・カレーを食べて1階の片づけをしてました。

コロコロの紙がなくなっていたのに、買いものに行けなかったので2階は断念しました。

自分の洗面台の歯ブラシを捨てて、新しいのをおろしたり一応主人のハンカチーフのアイロンかけもした。


 こういう日の時間ってゆっくりで、結構、お鍋を磨いたりできた。

 私の旅行用ポーチなんですけどケーキの刺繍は母がしたもので、右上のちいさなバッグのキラキラとしたものは母がつけてくれたものです。洗って干しておいたのが乾いていたので、化粧品などを詰めました。
 

 ハンカチや袋ものですが、菫の刺繍も母がしたものです。
大体のハンカチ類は母からのプレゼントで娘が幼稚園で使っていたキティちゃんまでまだ使ってます。
捨てない主義なんです。


 私のホーリー・コーナーです。立っておられるのはヨセフ様です。


 この天使も母がくれたものですね。右は自由の女神のリモージュ。


 3人の天使の音楽隊の後ろは「ノアの方舟」です。右は今はなき世界貿易センターふたごビルです。


 この3人の天使も母がくれたんだと思う。
 母はもう6年くらい病院で寝たっきりで、意識もないので段々病院へは行かなくなった。

 でも、母ってつぐつぐドメスティックな人だったんだと思う。

 それなのに、「主婦って馬鹿馬鹿しい。よほどいい男でなかったら結婚することはないよ。」と言って、母が信じる幸せはオノーヨーコだった。ジョンレノンを捕まえて偉いと言うのだ。

 さらに、母の考えは変わっていて、「離婚するときは、子供を相手にぶつけて、おいてらっしゃい。」と言うのだった。

 しかし、現実には私の娘のファンで、「子供はわたしの家の子になりなさい。」と父も母も言っていたのだ。

人生ってあっという間だ。

とにかく、香水瓶やテディ・ベアも母がくれたもので、私が買ったのはオバマテディベア。姑がくれたアッシジのサン・フランシスコ・テディベアだけが別。

母がくれたものに、兎の絵描きさんのお皿がある。
それとちいさな油絵の具セットもある。箱とパレットがあって絵の具と筆も入っていて、2センチも無い長さの箱。写真では写せそうもない。

期待に添えたかどうかはわからないが、母は私に女流画家になってもらいたかったのだ。
飛躍すぎる表現だが、たぶん、上村松園のような。

それで、本当にパリから2年以内で帰って来た時は父も母もがっかりした。
母にしてみれば、画家になるために多少のアバンチュールはあってもいいと思っていたのだろう。

父もこのごろわかったのだが、たくさんの愛人というか女友達がいたのだから、その辺はよろしくやればいいと思っていたのかも。

でも、私って親に似ず?
とても堅実なのよね。

とにかく、母が倒れたベッドの上には不倫ものや性愛ものの本に赤線が引いてあって、80歳の女性がねえと呆れたり驚いてしまった。

でも、ママは綺麗なものが好きだった。
美人でなかったけれど女女したものをたくさん持っていた。

ハンドバッグなんて30くらい持っていた。洋服も全部オーダー。

父の女性の趣味は、私の観察によると知的な人や優しい人が好みのようで母のような華美なひとではない。

父は母にうんざりしていた。

ハンドバッグなんて1つあればいい。
と言うのが父の考え方。同じようなものをたくさん持っていて!

しかし、私は基本は凄く地味で定番好きなので、ほっておけば洋服はどうでもいい人。

母からはいつも叱られていて、洋服の色がくすんでいると言われていた。

でも、やはりママに似ているんだな。

手仕事したり、聖グッズのコレクションで分野別ですが、同じことしている。
Subscribe
  • Post a new comment

    Error

    default userpic
    When you submit the form an invisible reCAPTCHA check will be performed.
    You must follow the Privacy Policy and Google Terms of use.
  • 0 comments