Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

長野でオーダーした額ができてました!

善光寺南門で降ります!

お味噌屋さんを曲がって!

フラット・ファイルさんです。




お久しぶりで観た自分の絵だったんですけど、いい感じに額が仕上がってました。
長野駅までバンで運んでくれました。

 新幹線までカートと額を運んで、混んでいたのですが座れて2時59分でしたっけ?出発しました。
可愛い赤ちゃんを連れたフランス人の家族がいて、フランス語が聴こえてきたので思わず、「フランスの方ですか?」って訊いてしまいました。「ええ、そうです。」若いママのお母さんでしょうか?おばあちゃんが答えました。

 それから藤田の本のつづきを読んでました。

 この人は私と似ていると思いました。
生活や小物や衣服が全部アートなんですよね。
そして、自分の家のものを作る。ミシンも操れて、奥様の衣服まで縫ったという。凄いのはカーテンなど染めたと言うのです。それにドールハウスを作ったり、人形の衣服も作ったり。
とても素敵で、最後の家は残っていて、フランスで観られるようになっているらしい。行きたいな!

 フジタは私と同じ63歳のときに日本を出て、もう2度と帰らなかった。
日本の画壇が彼の国際的な成功をねたんで住めなくしていったのでした。
ずいぶん孤独だったらしい。でも彼の日記や奥様の思い出を読むと凄くやさしいいい人。

☆フランス人のファミリーは子供がたくさんいて、6、7人だったのですが、「彼女がフランス語を話せるから。」とお父さん(おじいさんかも)が、「この電車は東京に何時に着くのですか?」と訊いてきた。
「4時半です。」となんとなく勘で答えたら、本当に4時半に着いた。
それから30分ほどたって、奥様が「東京駅から新宿に行きたいのだけど。」とガイド・ブックを持って訊ねてきた。「東京駅から山手線で池袋や新宿方面に乗ります。グリーンのラインです。」とガイドブックに書いた。彼らはパリではなくてベルギーの近くの北フランスに住んでるそうだ。「藤田は知ってる?」と本を見せたら、フランス語で書かれているところを声で出して読んでいたが、知らないようだった。
「英語は話せますか?」「子供たちなら。」やはり、おじいさん、おばあさんだったようだ。でもこんなに小さな生まれたてのような赤ん坊を連れて日本旅行と言うのはやはりフランス人なんだろう。

 私は最初、この赤ちゃんと仲良しで、前の席だったので、赤ちゃんとサインを送りあいながら楽しくやっていたのだ。

 行きたい!
 パリ!
 来年はいってやる!

☆家に帰ってきたら、娘も主人も留守だった。
そして、いじめで死んだ記事のある週刊誌がベッドのサイドテーブルにあったので読んだ。

 藤田のこともそうだけど、苛めって怖い。
 どうして、ここまで卑劣になるのだろう?

 平和と言う教会の絵を描いて死んだ藤田。
奥さんが一生困らないように絵をたくさん描いて死んだ。
心きれいなやさしい、優れた人がなぜ国を捨てるほどのいじめにあったのだろう?
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