Ruiico (ruiico) wrote,
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今は、信越線!

インターネットを終えてロッジから帰ってから、急いで絵を3枚ほどパッキングして、洗濯をして、雑巾がけをしてバスの51分には間に合わなそうなので、[野尻湖タクシー]に電話をしてゴミだしをして出てきた。

 重いカートは絵の袋と運ぶには無理なので、バッグに携帯とコンピューターと住所録をいれただけ! 
 着るものは無し。
 ギリギリで父の家に行き、スープを持って行きその足でユザワヤに行き、額のオーダーを2枚して東京の自宅に帰る。

 個展案内状をできるだけ書き、明日、郵送。搬入の件で打ち合わせ。

 案内状をいくらかもよりのギャラリーにおき、1泊か2泊で黒姫に帰り、薪を置くスペースを作る。

☆東京の友人からの電話で食事の時間もとれなくて申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、個展が始まったら2時からなので、その前に素敵なレストランもある高輪なので、ぜひ、ご一緒しましょう!

☆さて、新幹線は2時59分出発!
遅めの3時にご飯を頂きました。


☆大宮手前で、太陽がきれいでした!


☆駅でいつものビッグイッシュー売りのおじさんに会って1冊買いました。


☆歩くのにはしんどい手荷物なのでタクシーで自宅に着きました。夕方5時20分ぐらい。
父の家には手荷物が重すぎて無理だったので明日に。

 姑が印刷に出していた「案内状」を受け取ってこちらの家に入れて置いてくれたので、案内状はもう着いてました。
メール便のヤマトの宅配便はこれのようです。姑にはお礼も兼ねて御好きだというので、リンゴ寒天のお菓子を差し上げました!

☆家で手紙をチェックすると、電気代、ガス代(酸素)、ユニセフ、チェルノブイリ通信、ヴュー(JRの大人の休日)が来てました。ユニセフとチェルノブイリは寄付です。
何とか支払えそうです。

ビッグ・イッシューのおじさんとも話したんですが、「まんべんなく、誠実にしていると本当にお金がかかります。インカムも減ってしまってこれからどうなるかはわかりませんが、しかし、やれるうちはしようと思います。」

☆午後11時には案内状の住所を書き終えました。少ないです。

☆「チェルノブイリ通信」の中で、私は福祉工房「のぞみ21」の応援をしてます。
その中のコピーです。
福祉工房「のぞみ21」訪問
汚染された大地で生まれ育って
エレーナ・ノビコフ 1977年5月28日生まれ。刺繍の図案構成や複雑な裁縫や刺繍を担当している。
2000年には工房経営者ノナターシャさんらとともに来日し、チェルノブイリの現状を伝えた。

何が何だかわからず、パニックになった

 チェルノブイリの原発事故が起きたのは小学3年生9歳の時だった。
テレビやラジオで事故について伝えられず、5月の始めごろに人々の間で事故のことがうわさになり、パニックになった。
 私の生まれ育ったゴメリが汚染地域だと周りの大人たちが知ったのは、事故から数カ月後、除染作業が始まってからだった。5月の終わりから6月にかけて、中央通りで散水車が水をまいていた。突然のことで、何が何だかわからなかった。学校の屋根も取り替えられた。近くによってはいけないと言われ、校庭の土も入れ替えられたと聞いた。
 
 16歳のころ、甲状腺に異常を感じゴメリの病院で診察を受けた。その後ミンスクの病院でも検査を受け、2週間後に手術が行われた。医師からは、直接「がん」だとは聞かされなかった。当時は状況はよくわからず、不安や恐怖を感じた。
 術後約10年間は、ミンスクの病院で検査を受けた。その後はゴメリの病院で検査を受けた。経過は良好だった。今は健康だけど、風邪をひきやすい。でも、楽天的だから、病気をしても治ればいいと考えている。

事故がなければ、健康に問題がなかった。

22歳の時に結婚した。夫もゴメリ出身だが、病気はない。10年前から今のアパートで暮らしている。このアパートは国から与えられた。ベラルーシでは身体障害者と認められれば、救済制度があり、私も適用されている。国から支給されている甲状腺ホルモンとカルシュウムけっ抗剤のほか、ビタミン剤を薬局で買って服用している。でも2007年に被害者支援は終わったため、アパートの家賃50%補助、バスや電車の交通費、サナトリウムの利用、などがなくなった。ただ障害者なので通常は55歳から支給される年金の支給が早まった。今は毎月65ドルを受け取っている。月給は夫と二人合わせて300ドル余り。主に食費に消えている。
 ベラルーシでは福祉施設が整っておらず、障害者の働き場が少ない。「のぞみ21」のナターシャさんとは17歳のときに知り合った。現在工房は閉鎖し、スタッフの自宅で作業を続けている。
私の今の仕事は自動車部品工場の守衛。朝8時から夕方5時まで月約100ドル。他の仕事を希望したいが、転職は難しい。
 チェルノブイリの事故がなければ、健康に問題がなかった。病気のために生活にゆとりはなかった。汚染地域の子供たちには健康でない子供もいる。福島でも深刻な問題になると思う。
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