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夢実現!

 昨晩の読書、映画、近日の旅行から考えたこと!

☆人間は失敗から学ぶ。
 取り返しのつかないこともあるかもしれない。

 しかし、基本的には自分で解決するしかない。

☆昨日、思い出した昔のこと。
娘が小学2年くらいの時のこと。
秋田の修道院からフランス人親子が来る予定で娘さんは重度の障害者で車椅子なのでボランティアをしてほしいと手紙が来た。娘さんは30歳くらいだったと思う。
 
 私は成田空港の送迎で秋田までの汽車にのせれば秋田では向こうの修道会が車で迎えに来るんだと思った。その往復くらいならと、「いいですよ」と返事をしたが、10日間ほどその親子が帰るまでの世話をしてほしいとのこと。
小学校2年生の子供に母親のやることは多い。宿題も日々のお支度も。誰が彼女の世話をするのか?

 それで断ったら、フランス人親子の来日を断ったと手紙が来た。

 あれだけ有名な修道院にフランス言葉ができる人や信者のコネクションがなかったのが不思議だ。

 私が苦しかったときに(嫁姑問題)大枚を送ってお祈りを頼んだら、「そう言うことは直接、マリアさまに話してください。」と拒否はされたが、お金は返ってこなかった。

 そんなものかと学習したのだった。

 そう言えば、浄化塾の生徒をつれてっていっった時も、どういう意味だか「あの人たちのお世話をお願いね。」と言った。

☆他人に世話をお願いする人たちの気持ちは何だろう?

 昨日の本の美香さんはご主人と自分でお嬢さんの世話をして他人に頼むときはプロフェッショナルとしての労働に支払いをしている。そのため美香さんは働いているのだ。

 私の友人の双子のお母さんもどんなに多忙でも自分の子を私の家に世話してと置いていったことはない。だから、東大の准教授までなれたのだ。

 しかし、私は大変だからと他人の善意に甘えたり寄りかかる人も多い。

「私は離婚しシングルママだから。」「姑は子供を看てくれないから。」「私生児を生んだから。」と、車やお金のおねだりや自分がエステにいくために子供を預かって欲しいと言ってくる。

 若かった私は「私があなたを離婚させたわけではないでしょ。」とか「私生児を生ませたのは私ではないわよ。」とか、突っ込みをいれず可哀想にと思って受け入れていた。

☆自己犠牲を強いる人は多いけれど、実際には他人に犠牲を強いる人ばかり。

「もう、いい加減にしてよ。」と言うのが今の本音。
失った時間も体力もお金も惜しいとは思わないが、「他人の夢を壊さないで。」と今は言う。

☆人間の夢と言うものは実現するものだ。

 純粋に正当な祈りなら、夢実現に向かって全ての出来事が列なってやって来て、いつの間にか叶う。

 そうだ!

 他人に叶えて貰いたくて努力もせずおねだりするような人は論外だ。
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