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「詩人の旅人」を読み終える!



 夜中の3時までかかってしまったが、松本清張の「詩人の旅人」を読み終えた。
あいまあいまに家事をしていたので、ついつい夜更かし。

☆テレビでは映像がきれいで南フランスの風景が楽しめたが、小説のほうは内容がテレビとはだいぶ違っていて、小説のほうが面白い。

 そして、画壇というものの胡散臭さと、ゴッホやセザンヌの聖地であるプロヴァンスと、人間の欲望に翻弄された画家たちの生末。
 
 自分が絵を描くから、この小説に書かれているように才能ある人が潰されて自殺をしたり、才能もない人間が上手に取り入ってつかの間の偽の栄光を得ても心の喜びを得れず地獄に落ちるということ。

 かつて、ロダンの愛人のクローデルがロダンに盗作されていると抗議をして精神病院で絶望のうちに果てていったということ。

 ゴッホが2か所の精神病院で精神病を病むほどの情熱が生きている間は認められず、死後に贋作が出るほどの価値が出てその贋作しかできない画家がいるということ。

 他人の作品を自分のものとして平気で世に出て、地上では成功者として若い才能のある画家をつぶすのに痛まない大御所。

 この小説に書かれていることは、みな、私が日本の画壇で見てきたことばかりだ。

☆原作のほうではサド侯爵同様のの偏愛の侯爵が出てくる。テレビのほうでは私も家事をしながら見ていたので見逃したのかもしれない。

 そして妻は、かつての愛人と逃亡を企てる。

 それがサント・ド・ラ メールの黒いサラの祭の日に。

 ジプシーの女神となった浅黒のサラ。

 侯爵は実は無能力者で地位以上は何の魅力のない精神の障碍者。

 これは地獄であるが、日本人の妻はかつても自分の恋人の出世のために画壇の実力者に身を売らされた。

 道徳などないアートの世界にはこれもあるのだろう。

 しかし、地獄に堕ちた人々は、ロダンのダンテの地獄の門に絡めてクローデルとロダンの地獄を重ねる。

 この中で純粋に絵を描いたのはゴッホと自殺した才能ある主人公の兄だ。

 主人公が新聞社にプロバンスで駅伝を企画することを提案したところから物語は始まる。

☆私には自分も絵の畑にいるので、他人事ではない怖さでドキドキわくわくしながら読んだのだ。

☆かつて、どれくらい多くの才能のある人がつぶされて死んでいっただろう。
 
 横山大観によって殺されたという人の孫が本を書いてあるのも読んだことがある。

 主人公のOLは兄が残した最後の手紙と作品とメッセージから、事実を追求しようと動くのだ。

 それは志半ばで倒れた30歳ほどの兄の無念を妹は晴らさずにはいられなかったからだ。

 悪徳の大御所のさじ加減で入選や受賞が決まる画壇で兄は入選もおぼつかなくなり、インド旅行を3年ほどしてかた貸画廊で借金をしてまで高価なポスターや図録を作って最後の賭けに出たが、誰も来なかったし美術の評価の対象外にされた。

 大御所の力が動いていたともとれるし、インドの3年間で心が不遇さですさみ筆が荒れていたのだ。

 そして失意のうちに車に飛び込み自殺。保険は借金した妹の根でかけて。

 これもうなづける。人間はそれほど強くないからだ。

 誰からも認めてもらえないと弱まってくる。そしてほとんどの日本の観客は絵を見る力がちゃんと備わっているわけではないので、落選している画家の絵を評価しない。

 しかし、さらに怖いのはそんな画家でも生きていかれるように悪徳の大御所が画商を通じて絵を買い漁り、少し手を加えて画壇に出品しては受賞をしていたことだ。

 つまり、クローデルの絵を盗作して地位を高くしたロダンのように、悪徳の大御所は若い無名の落選続きの画家の絵を盗作して画壇の地位を安定し、そうして得た富で土地を買い画壇を牛耳って権勢を極めていたのだ。

 クローデルは精神病院に入れられ、すでにじぶんの作品を自ら破壊していたから何もかも信じられなくなったのだろう。
そして、主人公の兄ももうすべがなく自殺をした。妹にどんなことがあったのか理解できるように写真3枚とメッセージを残して。

☆人間は本能のように自分より才能のある人を殺す。

 ヒットラーが美術学校に受かっていたら、才能のある優秀なユダヤ人をあんな風には殺さなかった。

 そして、失意をうちに理解する人も得ないと、たいていの人間は利害関係に駆られて生きているので、失意の人を援助したりはしないのであるので、自分からつぶれる方向に向かったしまうのだ。


☆私の同級生のH子も37歳で自殺をしたのだが、彼女の場合は叔父がN展の審査員で芸大教授、そして、日本が3山の一人で文化勲章受章者であったのだが、N展の出品する前にその叔父がカラーで色鉛筆でA4サイズくらいの下絵を描き、彼女が拡大して描き出展した。いつもかどうかは知らない。たまたま、私が行ったときはそうだったので、私も0号のキャンバスをもらってそこで日本画の顔料で描いていたのでわかったことだ。

 そんなことをして、入選しても仕方がないと思ったが、だれも気が付かないようだった。つまり叔父も本人も自分の絵を描かないことで入選しても一生やっていけるわけはないことを。
しかし、N展の招待券を近所の人や知り合いに配る母親や父親は嬉しかったと思う。そして、本人も舐めたように、自分はバックグランドに恵まれていることが誇りであった。

 幸いか不幸化私は日本画専攻でないので、彼女とライバル関係でなかったし私は極めて別のやり方で生き始めていたのだった。まだ、24,5歳のころだ。

 裏口というのは実はあまりにも意味のない行為である。

 私が22,3歳で個展を京橋でやった時にH子が車で作品を運んでくれたのだが、帰りに私の頬に爪を立てて両手で上から下に引っ掻いた。それは助手席に座っていた私にいきなりしてきたことで、私はすぐ左手でドアを開けて右手で彼女を押して車から出たのである。1度は許したが、2度目にも同じことをしたので絶交になったのが24,5歳のころだったと思う。

 彼女も心のうちで走っていたのだ。叔父の権力で入選しても未来が保証されちないことを。

 それが顔に縦に傷つけるという本能の殺しをしたのだ。

☆村上隆の本に、「画家には2つの成功がある。」と書かれていた。一つは世俗的な成功で名が出て絵の値段が上がりいい暮らしができるということ。もう一つは、いい作品ができること。

 ゴッホはいい作品ができたのでどんなに貧乏してもどんなに精神が壊れたと村人から差別されたとしても成功したのである。

☆しかし、悲劇はこの畑、アートの世界では多すぎるのだ。

 いい絵を描く野には本人の才能はもちろんだが、理解者がいる。それは弟のテオであり糟糠の妻でもいい。

 一人でも認め手応援してくれる人がいれば生きていかれる。

 一村の姉。

 しかし、理解してくれる人を得ない場合も多いの。

 アートの援助をするのは大変だ。絵具代、生活代、アトリエ代。

 しかし、日本の美術学校では生きていける技術を教えていない。

 つまり、学生の幸運にかかっているのだ。

 昔から言われる「芸術家は血と運命に恵まれなければ」ということ。

 生まれた時から血は定まっている。才能だ。

 運命はその才能を生かす力がいろいろな角度から与えられることというのだろう。

 皆がそれぞれの花を咲かせればいいというのは本当である。

 しかし、アートの世界ではそうはなっていない。

 自分の絵を描いて食べられる人がどれほどいるのか?

 それは売れ筋の絵を描けという画商の指示に従わず、描きたいものを描いてということである。

☆松本清張の小説では、日本のある場所とプロバンスのある場所の類似点も重なっている。

 ゴッホも日本崇拝者だった。

 そして、「駅伝」という発想。

 工夫がどれも濃くて、昨年の夏に南プロヴァンスを訪れて場所の風景が目に浮かぶのはあるけれど、やはり松本清張はすごいと思わずにはいあられなかった。

 そして時間がたったが、クローデルが歴史の経過によって評価されてきたように芸術の長さを感じたいい作品である。

 人生は短し、芸術は長し。

☆私も正月が終わったら長野にいこう!

 どちらを求めるかは自由であり、どりらも大変厳しい険しい道を思われる。


 
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